私立の入試が山場を迎えています。毎週続く筆記試験・面接試験は大変ですが,ここが踏ん張りどころです。頑張りましょう。
まずは体調をしっかり整えましょう。そして,精神面での安定が重要です。100%力を出そうと意識しすぎると,かえって硬くなりがちです。8割の力が出せれば上々だ,くらいに考えて試験に臨みましょう。周りも皆条件は同じですから。
1 私立と国公立との違い
目の前の私立の試験で手一杯,という方がほとんどだと思われますが(それは当然のことでしょう),今回は少し先の国公立の試験のことを考えてみたいと思います。「えっ?」と思われた方もいらっしゃるでしょうが,少し視線を変えることで,今目の前にあるものが逆に見えてくることもあります。
(1)国公立と私立の小論文試験の違い
私立の小論文に比べて,国公立では一般に抽象度が高く,問いのレベルが深いと言ってよいでしょう。
私立の場合,現実に世の中で生じている具体的な問題が題材として取り上げられ,要約や部分説明を経て,その問題についての意見を問うたり,反論をさせたりする形式が典型的です。具体例をあげてみましょう。
明治大学法科大学院(09年度)
問題 後期の資料1及び2を読んで,次の質問に答えなさい。
- 資料1に登場する,アーミッシュ学校襲撃事件と山口県光市母子殺害時件について,@被害者の対応について説明しなさい。Aその違いについて解説しなさい。
- 資料2の我が国における無差別殺人事件等も念頭において,このような事件について,司法と法律家の役割にも言及しつつ,あるべき社会的解決策や対応についてのあなたの考えを述べなさい。
(資料1……朝日新聞オピニオン 対談「犯罪とゆるし」,資料2 最近生じた無差別殺人事件の事例)
関西大学法科大学院
(課題文 三島徳三『地産地消と循環的農業』よりの抜粋)
(問一)文章の大意を600字以内で述べなさい。
(問二)グローバリゼーションの浸透する現在,どのようなローカリズムから地産地消を推進するのかについて,あなた自身の意見を600字以内で述べなさい。
これに比べ,国公立の小論文はテーマとしてはより抽象的な内容が取り上げられ,正確な読解と共に一段掘り下げた思考が要求されています。これも例を見てみましょう。
東北大学法科大学院
次の文章は,批評家・小浜逸郎氏による「差別問題をどう考えるか」と題された論説からのものである(小浜逸郎『人生と向き合うための思想・入門』189ページ以下)。この文章を要約したうえで,この文章の内容について論評しなさい。
(課題文字数約12000字。障害を持った子供が運動会で1人でゴールすると皆が拍手をするのは何かおかしいのではないか,という問題提起のもと,差別問題について正面から考える内容の文章。答案文字数約2100字)
横浜国立大学法科大学院
次の文章(1)(2)(3)を読み。各問に答えなさい。なお,文章(1)は藤原正彦『遥かなるケンブリッジ』(新潮文庫,1994年)31頁?35頁,文章(2)は植松正「公平の錯覚」ジュリスト678号(1978年)10頁,文章(3)は我妻栄『法律における理屈と人情』(第2版)(日本評論社,1987年(初出1955年))6頁?14頁である。
問1 文章(1)で述べられている「fair」と,文章(2)で用いられている「公平」の違いについて説明しなさい。(100字以内)
問2 文章(3)について,論理の筋道が分かるように要約しなさい。(300字以内)
問3 文章(2)の筆者の考える「公平」以外の物差しの必要性と,文章(3)の筆者の考える「杓子定規」の効用について両筆者の考えを比較しなさい。(200字以内)
問4 問3の比較を踏まえて,文章(2)と文章(3)の両筆者の考えについてあなたの考えを,具体例をあげながらのべなさい。(200字以内)
国公立でも旧帝大系となるとさらに抽象度が増し,正確な読解力と深い思考が高いレベルで要求されます。ただし,地方の国立大の場合は,私立と同程度の出題がなされる場合があります。
その一方で,私立の上位校(慶應など)では,国公立上位校と同等の深い思考が要求される場合もあります。
(2)国公立との比較で考える私立への対処
以上のように国公立との対比の中で考えると,これから続く私立入試への対処法のあり方がよりはっきりするでしょう。もちろん,大学院ごとに傾向の違いがありますので個別の修正は必要ですが,全体としては,素直に課題文に向き合い,要約・説明といった作業を的確に処理し,投げかけられた問いに対してシンプルな立論を行なうことが求められていると言ってよいでしょう。つまり,あまり抽象的で難しいことをこね回す必要は無く,問われていることにストレートに答えることを意識した方がよいと言えます。
論点さえ捉えれば,立論の際の自由度はかなり高いと言えます。たとえば,上にあげた明治大学法科大学院の場合でも,無差別殺人に対して社会にも責任があるという主張も,社会に責任を帰するべきではないという主張も,共にできるでしょう。資料で提供されている視点について言及しさえしていれば,とにかく時間内で何らかの立論を行なえればそれで十分なのです。
聞かれたことに,シンプルに答える。国立と比較して特徴を取り出すと,私立の場合の原則的な立場はこのようにまとめられるでしょう。
3 国公立入試に向けて
それでは,少し先の話ではありますが,国公立での対処としてどのようなことが必要かを考えてみましょう。
(1)私立の試験が国公立への準備となる
まず,大事な認識は,今皆さんが受けている私立の試験が,そのまま国公立小論文対策における最も実戦的な演習になっているということです。実際,過去の受験生を見ていても,この秋のシーズンを乗り切ると,小論文の実力がグンと上がっています。
既に講座で何度も繰り返していることではありますが,「問いを正確に捉える」「出題者の問題意識を共有する」「階層構造を意識しながら分析する」「主要な論点を理由・例示で支える」「時間配分を考え,優先順位の低いものを切り捨てる」といった,基本操作が毎回実戦の場で要求されているはずです。身に付いていない操作は,なかなか現場では実行できないものです。したがって,試験を受けるたびに自分にとっての課題が明確になるはずです。しかしその一方で,現場で追い込まれることで,今までできていなかったことができたりすることもあります。毎週の本番が,皆さんを鍛え上げる最上の演習になっているのです。
ですから,(一段落してからでよいですが)受けた試験の復習を,しっかりしてみましょう。問われていた内容は何であったのか,出題者の問題意識はどこにあったのかという点は必ず検討すべきです(国公立では問われている内容を正確につかむことが最低限必要です)。また,細かな反省事項もあるはずです。書き出して整理してみましょう。過ぎ去った試験を振り返るのは嫌なものですが,「国公立に向けて」ということではこれが最も効果的な対処法です。
もちろん,先に述べたように私立と国立では要求される内容に違いはあるのですが,小論文の基礎となる要素は共通しています。私立の試験を通じて,基本動作ができているかをチェックし身に付けていく,ということです。
(2)視点を深める
基本動作のチェックと同時に,国公立試験に向けて必要な作業が,自分の社会に対する視点をより深化させることです。
先に述べたように,国公立は全体として抽象度が上がり,必要な思考のレベルも一段深いものになります。このため,現場において課題文・設問を読んで出題者の提起している問題意識に反応するには,一定程度深められた「視点」が必要になります。たとえば,先にあげた東北大の問題の例では,「差別はよくない」「人は皆平等だ」「人は公平であるべきだ」といった程度の「差別」に対しての視点しか持っていないのでは,とても問いの意味を捉えることはできないでしょう。本来一人一人は異なるのに,なぜ「平等」という言葉が使えるのか,そのときの「平等」という言葉の意味は何なのか,といったことを一度は考えていないと,本番でいきなり課題文の問題意識に呼応することは難しいでしょう。横浜国大の例でも「公平」という言葉の意味を状況や文脈に応じて多層的に捉えられることが求められています。この問いに反応するためには,「公平」を巡る様々な議論を,一度は自分の中にくぐらせておくことが必要でしょう。
視点を深めるには,今まで取り組んできた課題や過去問をもう一度振り返り,そこに現れている論点・対立軸を取り出して整理してみることが有効です。答案を書き直さずとも,問われている問題は何かを考えていくだけで十分でしょう。繰り返し現れる論点・対立軸については,さらにその背景にある問題を掘り下げて考察してみましょう。
このとき,もとの具体的な問題に必ず立ち戻って考察を検証することも大事です。分析した視点を具体的な問題に戻って適用しようとすると,問題によって微妙な差が生じることがあります。この差異がなぜ生じるのかを考えることで,さらに視点は深まるはずです。
(3)自分の言葉で語る
ここで注意すべきポイントとして,いわゆる「テクニカルターム」の使用があげられます。たとえば,平等を論じる際に,「日本国憲法では基本的人権は等しく国民に保障されている」とか「ロールズが示した格差原理に基づき……」のような記述に頼りたくなってしまいます。しかし,「基本的人権」「格差原理」といった言葉を使用すると,その言葉を使っただけで説明ができたような気がしてしまうのです。ですが,そのようなときには,実際にはその『中身』を理解できていない場合がほとんどなのです。国公立(特に上位校)では,そういったテクニカルターム(「平等」「公平」「人権」etc.)といった言葉の中身こそが問われているのです。
テクニカルタームを自分の言葉で言い換えられるようにしてみましょう。たとえば,「機会平等」「結果平等」という言葉が出てきたら,「スタートラインでの平等」「ゴールラインでの平等」のように自分なりに言い換えてみましょう。目標は「中学生にも伝わるような表現」です。法科大学院の入試だから難しい言葉を使わないといけない,等とは思っていませんか。そんなことはありません。むしろ,背景を持たないテクニカルタームの使用は,無理解を暴露してしまいます。分かりやすく,自分の言葉で語れるようにすることが目標です(その上で,専門用語を使うのはもちろん構いません)。
そのためには,必ず具体例を複数あげられるようにしましょう。具体例を通じた瑞々しいイメージを自分の中に持てるようになれば,そのテクニカルタームは自分のものになったと言えるでしょう(実はそのときにはもうそのテクニカルタームを使う必要は無くなっているはずです)。
このようにして,自分の中の視点を深化させていきましょう。
4 大学院別の出題傾向を把握しておく
以上は,国公立一般に向けての総括的な対処法でしたが,最後に,東大・京大は,やはり他とは異なる特徴がありますので,個別に出題傾向をお話しておきます。
(1)東京大学法科大学院
本年度から東大は未修者に対して面接を課すようになったようです。しかし,やはり東大の場合は,総合問題(小論文)での成績がものを言うでしょう。彼らからすれば,その場で自分たちの要求することに答えられれば合格ということです。過去の例を見ても,適性試験や学部試験の成績が十分とは言えなくても,逆転合格を果たしている受験生が多数存在します。
つまり,自分たちの出題に自信を持っている訳です。実際,過去の問題を振り返ると,その内容は深く,実力差のハッキリ現れる問題になっています。
総合問題(小論文)は2題出題され,大まかに言うと,午前の第1問が比較的短い文章をもとに受験生の社会や人に対する視点の深さを問う問題,午後の第2問が一定程度の「硬い」文章を読ませて,読解力・分析力を問う問題となっています。ただし,2009年度のように第1問・第2問とも一定量の文章を読ませる問題が出されているときもあります。
合格ラインに到達するための第一のポイントは,出題者の問題意識に呼応することです。課題文・設問を通じて出題者が投げかけている「問い」を正確につかみ取れるかどうかで,採点の対象となるか否かがまず決まります。東大の問題は試験時間(90分)に対して,解答文字数は多くありません(800字程度であることが多い)。これは,問われている内容の把握・分析をしっかりすることが要求されていることを意味します。毎年,受験直後には「簡単で時間が余った」という受験生がいるのですが,まず間違いなく不合格となっています。たとえば2004年度の無試験入学制度の問題等では,多くの人が「とにかく反論できた」というレベルで答案を作成しており,出題者の投げかけた「平等って何?」という問いを捉えていませんでした。2010年の「刑務所,学校,病院,兵舎」に共通する建築物の構造に関する問いでも「監視社会」といったピント外れの反応をしてしまった人が多かったようです。正確に出題者の問題意識を捉えることが,合格のための大前提です。
第二のポイントは,正確な読解力です。これはもちろん第一のポイントと関係しています。課題文そして設問を思い込みなく読み取れることが,出題趣旨の把握の前提となります。しかし,東大の場合は,読解力自体が解答上の最大のポイントになることがよくあります。たとえば,2009年の第1問は,脳神経倫理を扱う文章の中での「連続性」「潜在性」という言葉の意味が問われました。これは完全な現代文の読解問題となっています。さらに続く受験生の主張を述べさせる問題はこの2つの言葉の解釈が前提となっていましたので,本問は読解力がなければ点数がないという問題でした。2010年の第2問でも,3つある資料のうち,2番目と3番目の資料の筆者が同じであることを前提として,3番目の資料の意味するところを解釈することが鍵になっていました。
このように東大の場合,課題文・設問の読解で決まるという側面があります。法哲学や古典等,固めの文章をきちんと精読する力をつけておくことが有効でしょう。過去問を研究し,その出典等にあたっておくことは必要と思われます。また,読みやすい文章であっても,その細部の表現をきちんと捉えることが鍵になります。普段から,大まかな読みだけでなく細かな文脈をきちんと捉える読みもできるよう,意識するとよいでしょう。この点では,東大の学部入試の現代文に取り組むのも意味があります。
東大の過去問については,闘う20題,闘う25題,小論文バイブルなどに,その殆どが収録されていますので,参考にして下さい。
(2)京都大学法科大学院
京都大学法科大学院は,長文の課題文+小問2問という構成が制度開始から一貫して継続しています。また試験時間が3時間と長いにもかかわらず,答案合計字数は合計で高々1200字となっています。
マス目を埋めるための時間が足りないということは決してありません。しかし,扱われるテーマは毎年深く,じっくり考えなければ答えられないようになっています。つまり,3時間という時間は設問の意図を正確につかみ,深く考えるための時間なのです(ちなみに下書き用紙は10枚与えられます)。むしろ3時間という時間があることによって実力差が大きく開いていると考えられます。
主張を勝手に述べるような箇所はまったくなく,課題文の正確な読解または読解に基づく論理展開力が必要となります。しっかり考えつめる力を持っていれば,3時間という時間をフルに活用して密度の高い答案を作成できます(各小問での制限字数は600字しかありません)。しかし,課題文の読解ができない,出題意図が把握できない,論理構成ができない,といった問題を抱えている場合は,その問題点が明確に答案に現れてしまうと思われます。
この2年ほどでは,古典と現代の問題との組合せという形式が続いています。09年度はミルの自由論と現代フランスにおけるスカーフ事件についての記述を対比させて問う問題でした。10年度は課題文の文字数は前年よりはかなり少なくなったのですが,古典部分(ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』)の読解の難度が高かったので,楽になったとはとても言えませんでした。特に問2は,「ノージック」という名を見て「リバタリアニズムの立場だから,自己決定権の尊重だ」などと早合点してしまうと,まったく見当違いの答案を書くことになってしまうような問題でした。課題文を細かくしっかり読みこめるか否かが,合否を分けたと言えます。
対策としてまず必要なことは,論説文を正確に読み取る読解技術を身につけることです。そして自由や平等,正義,法の役割等についての深い理解が必要です。これらのテーマを扱った書物に日常的に接し,さらにその内容を自分や身の回りのことに引きつけて考えるスタイルを身に付けるようにしておきたいところです。
他大学院についても,過去問を連ねて見ると「問うとしている力」が見えてきます。是非研究してみて下さい。皆さんの健闘を祈っています。 |