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★ 適性試験・小論文試験共通
【20091218 法曹をめざす君へ
 

 法科大学院入試にきちんと取り組むには,一連の司法改革の流れの中で捉えられなければなえりません。なぜ,従来型の司法試験にとって代わり,法科大学院という制度が新設され,新たな試験が課されるようになったのでしょうか。

 現実の動きには,様々な利害関係をも含めた政治的なものが関係しています。制度設計の当初の予想と現実の動きとのズレも存在しています。法科大学院の数は当初の想定を遥かに超えた数となってしまい,その結果として新司法試験の合格率も当初の設定を下回ってしまいました。新司法試験の合格者枠を減らすべきだという,弁護士会などからの声も上がっています。

 しかし,従来型の司法試験による選抜体制に戻ることはもはやありません。旧来の法曹養成のプロセスは時代に合わないものとなってしまいました。それはどのような点なのでしょうか。

 大きなポイントは「近代化」そして「グローバリズム」の流れの中に日本社会が置かれていることにあります。

1 近代化とグローバリズム化

 日本社会は旧来,共同社会内での調和を尊ぶ価値観に基盤をおくことで成り立ってきた社会であるといえるでしょう(この点は様々な議論が存在するがここでは大まかに捉えることにしましょう)。この共同体への帰属・調和を重んじる意識が,「企業=家」という構図の中に持ち込まれることで(企業への奉仕精神,労使協調路線など),日本の戦後の繁栄は達成されたと言えます。そして「一億総中流」と呼ばれ,子供の好物は皆「巨人・大鵬・卵焼き」(野球は巨人軍,相撲は常勝横綱だった大鵬,料理は卵焼きが好き,の意味)と言われるような,均一的な価値観は(それが幻想であったとしても),社会の安定に役立ってきました。

 しかし,高度経済成長の時代が過ぎ,低成長,そしてバブルの崩壊を経た今,社会における支配的な価値観というものは想定できなくなっています。「人それぞれ」であって,互いに価値観は異なることが当然となっています。皆が同じ歌が好きだったり,同じファッションを身につけることは今やありえないし,それどころか,隣にいる人と会話が通じるかどうかでさえ,わからないのが現代日本の状況といってよいでしょう。これは近代化が進み,個人の生活が豊かになる中で,個人主義の進展,核家族化,地域社会の崩壊等に伴って進行してきたと考えられます。

 そして21世紀に入ってからは,グルーバル化の進展が上記の傾向に拍車をかけました。官庁による「護送船団方式」は海外からの圧力によって解体され,「規制緩和」「官から民へ」の掛け声のもと,「調和」優先の価値観は「抵抗勢力」というレッテル張りをされて破壊されていきました。「自由化」とともに「自己責任」が持ち込まれ,「グレー」のままではなく,「白黒」をはっきりつけなければならない社会になってきました。そして,「格差社会」の進展とともに,「同様の環境で育ち,同じような価値観を持つ」ことは日本社会の中でさえ前提とはならなくなってきています。加えてすでに我々の日常生活においても異国の人との会話は通常の風景となっています。「異なる環境で育ち,異なる価値観を持つ」人々と我々は共に住まなければならない社会に生きているのです。

2 法化社会へ

 共同体での共通の価値観が前提となっていた日本では,「裁判沙汰」という言葉があるように,争いごとにおいて「判じごと」は避けるべきことと考えられていました。地域の実力者や見識の高い人がうまく取りなしてくれることがベストな解決だったのです。このような意識は,我々の中に深く根付いています。「水戸黄門」や「遠山の金さん」が依然人気を集めるのも,そのような「お上」依存の意識が我々の中に息づいているからでしょう。

 しかし,すでに古い共同社会は崩壊しつつあり,元に戻ることはありません。「お上」が解決してくれることはないのです。「自己責任」で解決することが必要と考えられる時代となり,異なる価値観同士の衝突による紛争が多発していくことになります。

 現代の司法に要請されているのは,この紛争多発社会における衝突を調整する役割です。この要請に応えることが一連の司法改革の目的です(2001年「司法制度改革審議会意見書」を参照)。

 新たな紛争においては,従来想定されていなかった様々な事態が生じます。法律や過去の判例をただ覚えるだけのパターン処理能力では対処できません。目の前の具体的な事例を把握し,分析し,対立している諸利益とその背景とをつかみ,それらに具体的に法を適用していく力が必要となります。また,異なる価値観同士の衝突においては,もはや「あうんの呼吸」「言わなくてもわかる」といった手法は通用しなくなります。対立の調整は言語を通じる他にはなくなるでしょう。相手の主張を言語によって正確に読み取り,それに対する主張を言語によって正確に伝えなければならないのです。

 かくして,法律の知識を身につける以前に,正確な把握,分析,論理構築といった側面を含んだ意味での「言語能力」が,法律家を目指す者に要求されることになるのです。適性試験・小論文・志望理由書といった法科大学院入試において適用される各種試験は,いずれも以上のような問題意識のもとに,設定されています。

3 専門職の責任

 法律家は,社会的責任を伴う職種です。確かに,「収入が多い」「独立していて自由だ」といった個人の利益を求めることは悪いことではありません。しかし,それだけで法律家になることはできません。法律家は一般の人々には許されない,法律に基づいた助言や文書作成,判断,裁決といったことができる立場にあります。それ故に,社会に対して責任を持つことが要求されます。個人の利益のみを追求する人間は,法律家になってはならない,と考えられています。法律家は専門職であるが故に,自らの利益のため以外に,社会の要請に応えなければならないのです。

 そしてまさに今,激変する日本社会において,紛争解決の専門家であることが法律家に要請されています。これに応えるには,客観的把握能力,分析力,本質看取力,論理構築力といったものを備えなければなりません。法科大学院入試に挑む過程は,これらの能力を身につける過程でもあるのです。

 

 

 
 
 
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