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@短答式試験【公法系・民事系・刑事系】
A論文式試験【民事系】
B論文式試験【刑事系】
C論文式試験【公法系】
D論文式試験【選択科目】

  
■公開:2010年05月13日
 

平成22年(2010年)5月12日に第5回の新司法試験の短答式試験が行われました。そこで,その概要をまとめましたので,ご参考ください。

 

☆問題数の比較

●公法系(憲法・行政法)

●民事系(民法・商法・民事訴訟法) 

●刑事系(刑法・刑事訴訟法)

40問(憲法:20問,行政法:20問)

74問(民法:36問,商法:19問,民訴:19問)

40問(刑法:20問,刑訴法:20問)

〔注:昨年の新司法試験と同様でした。〕

☆配点の比較

●公法系(憲法・行政法)         

●民事系(民法・商法・民事訴訟法)   

●刑事系(刑法・刑事訴訟法)      

満点100点(憲法:50点,行政法:50点)

満点150点(民法:74点,商法:38点,民訴:38点)

満点100点(刑法:50点,刑訴:50点)

〔注:昨年の新司法試験と同様でした。07年以降は変化がなく,固定しています。〕
 
問題のバランス
プレテスト
06年
07年
08年
09年
10年
公法系
憲法
21
20
20
20
20
20
行政法
19
20
20
20
20
20
民事系
民法
36
35
35
35
36
36
商法
19
19
18
19
19
19
民訴
19
17
17
19
19
19
刑事系
刑法
20
20
20
20
20
20
刑訴
20
20
19
20
20
20
合計
154
151
149
153
154
154
 
配点のバランス
プレテスト
06年
07年
08年
09年
10年
公法系
憲法
53
50
50
50
50
50
行政法
47
50
50
50
50
50
民事系
民法
72
75
74
74
74
74
商法
38
38
38
38
38
38
民訴
40
37
38
38
38
38
刑事系
刑法
50
50
50
50
50
50
刑訴
50
50
50
50
50
50
合計
350
350
350
350
350
350
 

☆解答欄番号の比較

●公法系(憲法・行政法)         

●民事系(民法・商法・民事訴訟法)   

●刑事系(刑法・刑事訴訟法)      

89まで(昨年は90まで→1つ減っています)

95まで(昨年は93まで→2つ増えています)

72まで(昨年は76まで→4つ減っています)

〔注:民事系は,「順不同」の問題の増加により,解答欄番号の数が若干増加しましたが,公法系と刑事系は,減少しました。〕

☆ページ数の比較

●公法系(憲法・行政法)     

●民事系(民法・商法・民事訴訟法)

●刑事系(刑法・刑事訴訟法)

23ページ(昨年の24ページ→1ページ減っています)
29ページ(昨年の31ページ→2ページ減っています)
23ページ(昨年の26ページ→3ページ減っています)

〔注:いずれの科目も昨年よりも頁数が減っています。〕

法務省発表による出願者数・受験予定者数

1 出願者数    11,127人

2 受験予定者数 10,908人

各科目の傾向

 公法系では,問題数は変わらず,配点のバランスも変更はありませんでした。いわゆる「1−2問題」は,昨年度よりも1問増えて20問となりました。また,いわゆる「○×組合せ8択問題」の形式において,従来にはあまり見られなかった見解・帰結の組合せを問うものがあり(第20問),今年の特徴的な問題であったといえます。また,行政法において,個数問題がなくなり,「最も適切な主張方法・手続方法を選ばせる問題」が2問出題され(第21問,第32問),実務を意識した問題になったと思われます。今年も,昨年同様行政組織法の問題が1問出されており(第40問),行政法もバランスよく準備をする必要があるといえます。
 問題の内容としては,昨年と同様,条文知識や判例知識問題が中心といえますが,特に,類似事件に関する判例を横断的に聞いている問題が目立ちました(第1問の人権の享有主体性,第2問の刑事施設の被収容者の人権,第6問の取材の自由,第24問の行政裁量,第37問の国家賠償法など)。また,最新判例に関する問題も見受けられました(第14問の参議院議員選挙における議員定数配分規定の違憲性に関する判例に関する問題)。行政法については,昨年よりも,条文の重要性が若干高まったといえます(第23問の行政手続法,第33問の行政事件訴訟法,第34問の地方自治法,第39問の行政不服審査法など)。条文を正確に押えておくことが重要であるといえます。また,具体的な事例から条文・判例に当てはめて結論を出させる問題(第23問の行政手続法,第27問の行政代執行,第32問の原告の訴訟行為)など,行政法に関しては論文を意識した出題もなされていました。
  民事系において,形式面では,昨年との比較として,商法総則・商行為が1問減少し(昨年4問→今年3問),代わりに会社法が1問増加しました(昨年13問→今年14問)。また,順不同問題が民法で1問減少,商法で1問増加,民訴で2問増加しました。
 問題の内容としては,まず民法は,横断的な知識を問うもの(第1問,第3問,第4問,第5問,第8問)や要件事実に関するもの(第19問,第27問),共同抵当に関する計算問題(第12問)などが特徴的な問題であるといえますが,どれも基本的な知識といえ,難易度も昨年と同様と考えます。次に,商法は,各種の異同を問うもの(第40問,第44問,第45問)や株主総会の決議要件を比較して問うもの(第42問)が特徴的な問題であるといえます。また,普段の学習では手薄になりがちな分野を問うもの(第46問の計算書類,第47問の合併,第48問の吸収分割,第50問の公告など)もありました。民訴においても,条文知識が要求されているものの,普段の学習では手薄になりがちな分野を問うもの(第57問の裁判所書記官,第58問の管轄,第60問の公示送達,第73問の控訴,第74問の上告など)もありました。幅広く学習していくことが必要であると思われます。また,第68問のように,ある訴えをもとにして管轄や請求の趣旨を考えさせる問題もあり,実務を意識したものであるといえます。

  刑事系では,問題数は変わらず,配点のバランスも変更はありませんでした。刑法は,昨年同様,各論・総論が交互に配列され,刑訴は,捜査,公判,証拠,特別法というように体系的に配列されています。刑法では,いわゆる「1−2問題」が昨年度より4問減りました。一方,「順不同問題」が6問あり,昨年度より4問増えました。また,刑訴では昨年同様「個数問題」が2問あり(第25問,第28問),刑法でも,1問出題されました(第18問)。
 問われている知識は,刑法・刑訴ともにほぼ基本的な知識からの出題でした。もっとも,単に知識を問うものばかりではなく,例えば,刑法では,事例を読ませて成立する犯罪を答えさせる問題が多くあり(第1問,第5問,第20問),刑訴において,具体的な証人尋問の手続を素材とした問題(第33問),具体的な公判期日を素材とした事例において,弁護人の異義がどのようなものかを考えさせる問題(第35問)などは,法科大学院における実務的な教育を意識した問題であり,特徴的なものであるといえます。
 また,刑訴において,穴埋め問題など事務処理を要求する問題もありましたが(第22問,第34問など),過度に複雑なものにならないように配慮されており,短時間で解答できるものでした。刑訴は,違法な捜査方法(第21問),勾留手続(第22問),接見交通権(第26問),保釈(第27問),被害者参加(第30問),証拠調べ手続の流れ(第31問)など,捜査や手続きに関する正確な知識が重要になったといえます。普段から,実務を意識した学習を心がけ,予備校などで問題になれておく必要があるといえます。刑事系全体としては,刑法・刑訴に限らず,実務を意識しつつ,幅広く学習していくことが必要であると思われます。問題文をしっかりと読み,あてはめをし,解答する必要があると思われます。

 
 
  
 
 ●第1問 商法  
■公開:2010年05月14日

はじめに

 新司法試験の民事系科目においては,平成18年と19年が第1問・商法,第2問・民法&民事訴訟法の組合せで,平成20年は第1問・民法,第2問・商法&民事訴訟法の組合せ(この時には受験生は相当戸惑ったようです。),平成21年が第1問・民事訴訟法,第2問・民法&商法の組合せでしたが,本年(平成22年)は第1問・商法,第2問・民法&民事訴訟法の組合せでした。昨年までで一通りの組合せが出題し終えたことから,初期段階の組合せに戻ったようです。民法上の問題から民事訴訟手続に流れるのが民事紛争の最も典型的なパターンですので,本年のような組合せが民事大大問の趣旨を最もよく反映させるものともいえるでしょう。

 なお,第1問(商法)については,株式会社の設立,会社法423条,会社法429条等がテーマとなっており,本試験過去問と比較して形式面に特に変化はなく,論点自体も比較的基本的なものが出題された模様です。

問題文について
 問題文の頁数は5頁で,本文は事実1から6とこれに関する〔設問1〕〔設問2〕,および,「【資料@】貸借対照表の概要」,「【資料A】履歴事項全部証明書」から構成されています。また,設問1と設問2の配点の割合は,2:8とされています。
 
なお,本問の問題文は本試験全日程終了後に法務省のホームページ上に掲載されるものと思われますが,本問の問題文はさほど長くなく,問題文本文と設問文を見れば概ね本問事案を把握できるものと思われますので,本ホームページ閲覧者の便宜のため,【資料@】【資料A】を除き,以下に掲載いたします。

【問題文】
  次の文章を読んで,後記の設問1及び設問2に答えよ。
1.  Aは,自己の所有する土地建物(以下「本件不動産」という。)を活用して,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営もうと考えた。しかし,Aは,本件不動産をスーパーマーケットの店舗に改装する資金を有していなかったので,友人Bに対し,同事業を共同して行うことを提案した。Bは,Aからの提案を了承し,両者の間に,株式会社を設立してスーパーマーケット事業を営む旨の合意が成立した。
2.  そこで,A及びBは,いずれも発起人となって,発起設立の方法により,会社法上の公開会社であり,かつ,株券発行会社である甲株式会社(以下「甲社」という。)を設立することとした。
 A及びBは,発起人として,Aが金銭以外の財産として本件不動産を出資すること,その価額は5億円であること及びAに対し割り当てる設立時発行株式の数は5000株であることを定め,これらの事項を,書面によって作成する定款に記載した。そして,Aは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,本件不動産を給付した(以下Aによる本件不動産の出資を「本件現物出資」という。)。
 他方,A及びBは,発起人として,Bが割当てを受ける設立時発行株式の数は1000株であり,その株式と引換えに払い込む金銭の額は1億円であると定めた。そして,Bは,設立時発行株式の引受け後遅滞なく,その引き受けた設立時発行株式につき,その出資に係る金銭の全額1億円を払い込んだ。
 なお,A及びBは,本件不動産の評価額を5億円とする不動産鑑定士の鑑定評価及び本件不動産について定款に記載された5億円の価額が相当であることについての公認会計士の証明を受けた。そして,A及びBは,裁判所に対し,定款に記載のある本件現物出資に関する事項を調査させるための検査役の選任の申立てをしなかった。
 設立中の甲社においては,A,B及びCが設立時取締役として選任され,Aが設立時代表取締役として選定された。A,B及びCは,その選任後遅滞なく,本件不動産に係る不動産鑑定士の鑑定評価及び公認会計士の証明が相当であること並びにA及びBによる設立時発行株式に係る出資の履行が完了していることにつき調査をした,その後,甲社は,本店の所在地において設立の登記をしたことにより成立し,Aが甲社の代表取締役に,B及びCが甲社の取締役にそれぞれ就任した。そして,甲社は,本件不動産をスーパーマーケットの店舗(以下「甲店」という。)に改装し,スーパーマーケット事業を開始した。
3.  甲社は,成立後数年の間は,甲店におけるスーパーマーケット事業を順調に行い,好業績を上げていた。そして,Bは,甲社の取引先に対し,自己の所有していた甲社の株式の一部を譲渡した。
 ところが,その後,大手ディスカウントストアが甲店の近隣に出店したことにより,甲社のスーパーマーケット事業には,急速に陰りが出始めた。そこで,甲社は,運転資金が必要となったため,乙銀行株式会社(以下「乙銀行」という。)に甲店の大規模改装に必要な資金の名目で2億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行の担当者は,甲社の近時における業績の低迷等を見て懸念を感じ,甲社に対し,「甲店の大規模改装に必要な資金2億円のうち,半分の1億円を増資等により自ら調達するなどすれば,残りの1億円につき融資することも考えられないことはない。」と返答した。
 そこで,甲社は,Aの提案により,丙株式会社(以下「丙社」という。)を割当先とする募集株式の発行を行うこととした。甲社の取締役会は,募集株式の数1000株,募集株式1株と引換えに払い込む金銭を10万円とするなどと定めた。丙社は,当該募集株式の割当てを受けて,甲社の取締役会が定めた募集株式の払込みの期日に,募集株式の払込金額の全額1億円を払い込んだ。そこで,甲社は,募集株式の発行による変更の登記をし,また,その払込み後遅滞なく甲社の株式1000株に係る株券を発行し,丙社に同株券を交付した(以下甲社による当該募集株式の発行を「本件募集株式発行」という。)。
4.  その後,甲社は,乙銀行に対し,増資が完了し,現金1億円を確保したことを伝え,大手ディスカウントストアに対抗するため,改めて,甲店の大規模改装に必要となる資金の残額として1億円の融資を申し入れた。これに対し,乙銀行は,甲社に対し,甲社の計算書類及び登記事項証明書等を提示するよう求めた。そこで,Aは,乙銀行に対し,本件募集株式発行がされたこと及び本件募集株式発行に際し払い込まれた現金1億円が甲社にあることを表示している甲社の貸借対照表(資料@は,その概要)等の計算書類及び登記事項証明書(資料A)を提示した。乙銀行は,これらの内容を確認した上で,甲社に対する1億円の融資を決定し,甲社に対し,1億円を貸し付けた。
 なお,これに先立ち,甲社の取締役会は,A,B及びCの全員一致で,乙銀行から1億円の融資を受けることを決定していた。
5.  ところが,甲社は,乙銀行からの上記融資後も甲店の改装を行わず,甲社の顧客の多くが引き続き大手ディスカウントストアに流れたため,業績を回復させることができなかった。乙銀行は,程なく,甲社が破綻したこと,そのため,乙銀行の甲社に対する貸付債権のほぼ全額が回収不能となったことを知った。
6. その後,乙銀行が甲社の破綻及び乙銀行の甲社に対する貸付債権がほぼ全額回収不能となるに至った経緯を調査した結果,以下の事実が判明した。
 
(1)  本件不動産は,本件現物出資の当時,土地に土壌汚染が存在し,甲社の定款作成の時及び成立の時における客観的価値は,いずれも1億円にすぎなかった。また,甲社の成立当時,Aは,当該土壌汚染の存在を認識していたが,Bは,当該土壌汚染の存在を認識しておらず,本件不動産に係る鑑定評価や証明を行った不動産鑑定士及び公認会計士は,その当時,当該土壌汚染の存在や,これにより定款に記載された本件不動産の価額が相当でないことを認識していなかった。
(2)  丙社は,Aが実質的に発行済株式の全部を所有していた。本件募集株式発行に際し,丙社の代表取締役Dは,Aの指示を受けて,丁銀行株式会社(以下「丁銀行」という。)から払込金相当額の9割に相当する9000万円を借り入れ,それを丙社がねん出することができた資金1000万円と併せて,本件募集株式発行の払込みに充てた上,Aが,当該払込みがされた日の翌日,募集株式の発行による変更の登記の申請に必要な手続をすると直ちに,当該払込みに係る資金のうち9000万円を甲社の口座から引き出して,丙社の代表取締役Dに交付し,Dが,丙社の代表取締役として,直ちに,この資金をもって,丁銀行に対し,9000万円の借入金債務を弁済した。その後,Aは,甲社の貸借対照表(資料@は,その概要)等の計算書類を作成し,乙銀行に対し,同計算書類や登記事項証明書(資料A)を示していた。
  Bは,Aに本件募集株式発行に関する手続を実質的に一任しており,その当時,本件募集株式発行に係る払込みやAのDに対する9000万円の交付等に関する上記一連の事情を認識していなかった。
  なお,本件募集株式発行の払込金額は,丙社に特に有利な金額であるとはいえなかった。
   
  〔設問1〕 本件現物出資に関し,会社法上,A及びBが甲社に対して負担する責任について,説明しなさい。

〔設問2〕 本件募集株式発行に関し,@払込みの効力及び発行された株式の効力について論じた上,会社法上,AA,B及び丙社が甲社に対して負担する責任並びにBA及びBが乙銀行に対して負担する責任について,説明しなさい。

3 本問の分析

 〔設問1〕について
 発起人の責任としては,@不足額の支払責任(52条1項)とA損害賠償責任(53条1項)が問題となるでしょう。
  まず,@不足額の支払責任については,Aは現物出資者なので過失の有無,検査役による検査の有無にかかわらず,かかる責任を負担します。他方,Bは現物出資者ではなく,また本問は発起設立の事案なので,無過失を立証することにより,かかる責任を免れることができます。
  次に,A損害賠償責任については,任務懈怠が認定されれば,AとB共にかかる責任を負担することになるでしょう。

 〔設問2〕について
1 @について
(1) 払込みの効力について
 まず,本問の事案における丙社の払込みが,見せ金に当たるか否かが問題となります。
 この点,見せ金に当たるか否かの基準は,(ア)会社成立後,借入金を返済するまでの期間の長短,(イ)払込金が会社資金として運用された事実の有無,(ウ)借入金の返済が会社の資金関係に及ぼす影響の有無等から判断することになるでしょう。
  本問では,見せ金に当たると思われます。
 次に,見せ金の効力についてですが,争いあるものの無効説が有力と思われます。もっとも,無効説に立ったとしても,本問では1000万円については見せ金ではないので有効となります。
(2) 発行された株式の効力について
  まず,見せ金の効力について無効説に立った場合は,9000万円分の株式(900株)については,見せ金の効力が無効である以上,払込みが無いことになります。
 そこで,募集株式の無効の訴え(828条1項2号3号)の無効事由となるかが問題となるでしょう。
 この点,取引相手である丙社は悪意であることから,取引の安全を図る必要性がありません。そこで,9000万円分の株式(900株)については無効事由に該当すると思われます。
 そして,募集株式の無効の訴えは形成の訴えであり,形成の訴えでは判決が確定してはじめて法律関係の変動が生じることから,募集株式無効の訴えで無効が確定することにより,発行された株式の効力は無効となります。
2 Aについて
(1) Aが甲社に対して負担する責任
 甲社はAに対して423条1項に基づき取締役の責任を追及することが考えられます。Aは丙社の代表取締役Dに指示して丁銀行から9000万円を借り入れ,本件募集株式の払込みを行っていることから,Aに善管注意義務ないし忠実義務についての任務懈怠があるのは明らかであり,甲社の責任追及は認められるでしょう。
(2) Bが甲社に対して負担する責任
 甲社はBに対しても423条1項に基づき取締役の責任を追及することが考えられます。もっともBは見せ金について認識していないことから,任務懈怠があるかどうか問題となります。この点,丙社の株式引受につき見せ金によるものと認識しなかったことにつき注意義務違反があればBには任務懈怠があることになります。本問Bは注意義務の履行にすら着手していないといえますので,任務懈怠があるといえ,Bは甲に対して責任を負うことになります。
(3) 丙社が甲社に対して負担する責任
 丁銀行から9000万円を借り入れ,本件募集株式の払込みをした丙社は甲社に対して不法行為責任(民法709条)を負うことになるでしょうが,本問は会社法上の責任を問うものですから,本問において不法行為責任を論じる必要はありません。
 本件募集株式発行による株式が全1000株有効であると考えた場合,丙社は実質的には1000万円の出資で1億円相当の株式を引き受けたことになります。これを著しく不公正な払込金額で募集株式を引き受けた場合に当たると考えれば,公正な価額との差額に相当する9000万円につき,甲社に支払う責任を負うこととなるでしょう(212条1項1号)。
3 Bについて
(1) Aの乙銀行に対して負担する責任
 乙銀行はAに対し429条1項に基づき取締役の責任を追及することが考えられます。この点,429条1項の責任については法的性質に争いがあり,法的性質が成立要件に影響を与えることから,この点につき論述することが必要でしょう。
 また,見せ金として9000万円を丙社が交付したことにより甲社に9000万円の損害が生じているため,乙銀行の被った損害は間接損害に当たることから,間接損害が「損害」に含まれるか,前述の法的性質論に遡った論述が求められるでしょう。
(2) Bの乙銀行に対して負担する責任
 乙銀行はBに対して429条1項に基づき取締役の責任を追及することが考えられます。この点についてもBが本件見せ金について認識していないことが問題となりますが,甲社の場合と同様に論じればよいでしょう。

4 出題情報★★★
  会社法423条と429条に関しては,商法の論文本試験の最頻出分野であることから,スタンダード論文答練・新司法試験全国公開模試等で多数出題しております。例えば,423条については,2010スタンダード論文答練(第2クール)民事系1第1問(加藤晋介先生御担当),2010新司法試験全国公開模試民事系第1問で問われています(ともに★★)。また,429条については,2010スタンダード論文答練(第2クール)民事系3第1問(山本和敏先生御担当)で問われています(★★)。

 
 ●第2問 民法&民事訴訟法
■公開:2010年05月14日

はじめに

 商法単独の大問(第1問)に引き続き,大大問(第2問)は民法&民事訴訟法の組合せでの出題となりました。
 まず,民法部分は〔設問1〕(無権代理・表見代理等が主なテーマ),〔設問2〕(抵当権侵害・背信的悪意等が主なテーマ),〔設問5〕(認知,相続の効力等が主なテーマ)で構成されています。昨年のように要件事実論は正面から問われていませんが設問1は要件事実とは無関係に解答することはできません。他方,例えば抵当権侵害など担保法に関する問題や相続法に関する問題のように学者考査委員の関心分野からの出題が目立つような感じがします。
 また,民事訴訟法分野は,〔設問3〕(当事者の確定等がテーマ),〔設問4〕(消極的確認訴訟等がテーマ)で構成されており,本年も「民事訴訟法の著名な論点」(平成20年民事系科目第2問出題趣旨参照)から出題されたといえます。
 なお,本問は総じて論点自体は見えやすいのですが,「理由を付して論じなさい」等の設問文から現場で考えて説得的な理由を付けられるかで差がつく問題だったといえます。

2 問題文について

 問題文の頁数は7頁で,T【事実】1〜9〔設問1〕@A,U【事実】10〜14〔設問2〕小問(1)(2),V【事実】15〜17〔設問3〕,W【事実】18〜20〔設問4〕小問(1)「弁護士Qと司法修習生Sの会話」小問(2),X【事実】21〜25〔設問5〕から構成されています。また,〔設問1〕から〔設問5〕までの配点の割合は,3.5:4:3.5:6.5:2.5とされています。
 なお,本問の問題文は本試験全日程終了後に法務省のホームページ上に掲載されるものと思われますが,本問の問題文はさほど長くないことから,本ホームページ閲覧者の便宜のため,以下,各設問に対応する問題文を掲載した後,若干の分析を加えることといたします。

3 本問の問題文と分析

■〔設問1〕
【問題文】
T    
【事実】
  1.  印刷や製版の工場を個人で営むAとその妻であるBとの間には,昭和58年8月20日にC男が生まれた。やがて平成5年にBが病没すると,Aは,平成6年2月にDと婚姻した。この時,Dには子としてE女があり,Eは,昭和60年2月6日生まれである。
  Aには,主な資産として,工場とその敷地のほかに,当面は使用する予定がない甲土地があり,また,甲土地の近くにある乙土地とその上に所在する丙建物も所有しており,丙建物は,事務所を兼ねた商品の一時保管の場所として用いられてきた。これら甲,乙及び丙の各不動産は,いずれもAを所有権登記名義人とする登記がされている。
  2.  Cは,大学卒業後,いったんは大手の食品メーカーに就職したが,やがて,小さくてもよいから年来の希望であった出版の仕事を自ら手がけたいと考え,就職先を辞め,雑誌出版の事業を始めた。そして,事業が軌道に乗るまで,出版する雑誌の印刷はAの工場で安価に引き受けてもらうことになった。
  3.  そのころ,Aは,事業を拡張することを考えていた。そこで,Aは,金融の事業を営むFに資金の融資を要請し,両者間で折衝が持たれた結果,平成19年3月1日に,AとFが面談の上,FがAに1500万円を融資することとし,その担保として甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定するという交渉がほぼまとまり,同月15日に正式な書類を調えることになった。なお,このころになって,Cの出版の事業も本格的に動き出し,そのための資金が不足になりがちであった。
  4.  ところが,平成19年3月15日にAに所用ができたことから,前日である14日にAはFに電話をし,「自分が行けないことはお詫びするが,息子のCを赴かせる。先日の交渉の経過を話してあり,息子も理解しているから,後は息子との間でよろしく進めてほしい。」と述べ,これをFも了解した。
  5.  平成19年3月15日午前にFと会ったCは,Fに対し,「父の方で資金の需要が急にできたことから,融資額を2000万円に増やしてほしい。」と述べた。そこで,Fは,一応Aの携帯電話に電話をして確認をしようとしたが,Aの携帯電話がつながらなかったことから,Aの自宅に電話をしたところ,Aは不在であり,電話に出たDは,Fの照会に対し「融資のことはCに任せてあると聞いている。」と答えた。これを受けFは,同日に,融資額を2000万円とし,最終の弁済期を平成22年3月15日として融資をする旨の金銭消費貸借の証書を作成し,また,2000万円を被担保債権の額とし,甲,乙及び丙の各不動産に抵当権を設定する旨の抵当権設定契約の証書が作成され,Cが,これらにAの名を記してAの印鑑を押捺した。
  6. この2000万円の貸付けの融資条件は,返済を3度に分けてすることとされ,第1回は平成20年3月15日に500万円を,次いで第2回は平成21年3月15日に1000万円を,そして第3回は平成22年3月15日に500万円を支払うべきものとされた。また,利息は,年365日の日割計算で年1割2分とし,借入日にその翌日から1年分の前払をし,以後も平成20年3月15日及び平成21年3月15日にそれぞれの翌日から1年分の前払をすることとした。なお,遅延損害金については,同じく年365日の日割計算で年2割と定められた。
  7.  同じ3月15日の午後にAの銀行口座にFから2000万円が振り込まれた。これを受けCは,同日中に,日ごろから銀行口座の管理を任されているAの従業員を促し500万円を引き出させた上で,それを同従業員から受け取った。
 また,甲,乙及び丙の各不動産に係る抵当権の設定の登記も,同日中に申請された。これらの抵当権の設定の登記は,甲土地については,数日後に申請のとおりFを抵当権登記名義人とする登記がされた。しかし,乙及び丙の各不動産については,添付書面に不備があるため登記官から補正を求められたが,その補正はされなかった。その後,【事実】9に記すとおり,AF間に被担保債権をめぐり争いが生じたことから,乙及び丙の各不動産について抵当権の設定の登記の再度の申請がされるには至らなかった。
  8.  翌4月になって,甲,乙及び丙の各不動産の登記事項証明書を調べて不審を感じたAは,Cを問いただした。Cは,乙及び丙の各不動産について手続の手違いがあって登記の手続が遅れていると説明し,また,自分の判断で2000万円の借入れを決めたことを認めた。
  9.  借入れの経過に納得しないAは,弁護士Pに相談した。そして,Aは弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,平成19年6月1日,Fに対し,平成19年3月15日付けの消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に基づきAがFに対して負う元本返還債務が1500万円を超えては存在しないことの確認を求める訴え(以下「第1訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。
   
  〔設問1〕 【事実】1から9までを前提として,Fが,第1訴訟において,AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張,及びAがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張とを選択的にしたとする場合,それぞれの主張にとって,次に掲げる事実@及び事実Aは法律上の意義を有するか,また,それを有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,それぞれ理由を付して解答しなさい。
@ 【事実】4に記す事実のうち,AがFに電話をして,3月15日に赴かせるCには交渉の経過を話してあり,それをCが理解しているから,後はCとの間でよろしく進めてほしい,と述べたこと。
A 【事実】5に記す事実のうち,Fが,Aの携帯電話に電話をして融資額の変更を確認しようとしたが,Aの電話がつながらなかったこと。
     
【分 析】
   本問では,何を問われているかを正確に把握することがまずは必要となります。
 本問は,「〜とする主張,及び〜とする主張とを選択的にしたとする場合」とあることから,2つの主張が選択的に併合されていると考えられます。そして,その2つの主張は以下のような主張だと考えられます。
 設問前段…「AがCに借入れの代理権でその金額に限度のないものを授与したとする主張の場合」
 これは,民法99条の(金額につき無制約の)有権代理,本問では,代理人Cが締結した2000万円の金銭消費貸借契約につき有権代理だったことを主張しているといえます。
 設問後段…「AがCに借入れの代理権でその金額の限度を1500万円とするものを授与したとする主張の場合」
 これは,民法110条の越権代理,本問では,「借入れの金額の限度を1500万円」とした基本代理権を越権した表見代理だったと主張しているといえます(この意味で,「選択的」となります)。
 ここで, 有権代理の要件事実は,
  (@)  FとCが金銭消費貸借契約を締結したこと
  (A)  (@)の契約締結の際,CがAのためにすることを示したこと(顕名)
  (B)  (@)の契約締結に先立って,AがCに対し,(@)の契約についての代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実)
です(ただし,本問では,Aが商人であり,Cは商行為について代理したのですから,商法504条本文により,(A)の顕名は不要です。その代わり,(@)が商行為であることを基礎づける事実が要件事実となります(要件事実論30講〔第2版〕p.259参照))。
 事実@は,「後はCとの間でよろしく進めてほしい」という点は,代理権授与を推認させる間接事実であるといえます。しかし,その前に「Cには交渉の経過を話してあり,それをCが理解している」とある点は,「交渉の経過」がCには分かっている以上,無制約である民法99条の代理権と反しますので,この点は,民法99条の代理権についての間接的な反証となります。
 事実Aは,設問前段にとっては,特に法律上の意義を有しません(民法109条の表見代理では,正当事由についての評価障害事実となりえますが,そのような主張はされていないと考えます)。
 他方,民法110条の越権代理の民法上の要件は,
  (@)  基本代理権の存在
  (A)  代理人が,代理権の範囲を超えた事項について法律行為をしたこと
  (B)  顕名
  (C)  相手方が,代理人に(A)の行為をする代理権があると信じたこと
  (D)  相手方が(C)のとおり信じたことについて「正当な理由」があること(正当事由の存在)
です(要件事実論30講〔第2版〕p. 263参照)。
 事実@は,「後はCとの間でよろしく進めてほしい」という点は,基本代理権の存在を信じる正当な理由にあたる事実といえます(評価根拠事実として抗弁となる)が,その前に「Cには交渉の経過を話してあり,それをCが理解している」とあることから,結局半信半疑だったという評価障害事実(再抗弁となる)といえます。
 事実Aは,設問後段にとっては,正当事由についての評価障害事実という法律上の意義を有します。確かに,「電話をして融資額の変更を確認しようとした」点については,調査義務を果たした(評価根拠事実の一つ)と評価してもよさそうですが,「なぜ変更を確認しようとしたのか?」と考えれば,それはAの話にFが疑念を持っていたからと推認されるところ,そのように半信半疑のまま「電話がつながらなかった」のに放置するのでは,正当事由についての評価障害事実といえるからです。
 なお,本問では,民法109条については,問われていないものとしました。
   
■〔設問2〕
【問題文】
U   【事実】1から9までに加え,以下の【事実】10から14までの経緯があった。
【事実】
  10.  Eは,AとDが婚姻して以来,A,D及びCと同居しており,その後は,Cと年齢が近かったこともあって,お互いに様々な悩みについて相談し合ったり,進路についてアドバイスをし合ったりしていたが,平成19年6月中旬ころ,Cの勧めもあって,Eは,Aらとの同居をやめて独立し,幼なじみのG女を誘って一緒に事業を始めることを決意した。そして,Eは,同月,アパートを借りてGと同居生活を始めた。
  11.  平成19年7月,Aは,乙土地及び丙建物につきFを抵当権者とする抵当権の設定の登記がされていないことに乗じて,Eに対し,「いつもCの相談相手になり,励ましてくれてありがとう。私としては,今後もCにとって信頼できる友人として付き合ってほしいと願っている。また,独立して自分の道を歩もうとする君を大いに支援したいので,乙土地及び丙建物を君に贈与したい。」と述べた。
  12.  Eは,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として甲土地,乙土地及び丙建物にFのための抵当権を設定する契約が結ばれたものの,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことなどについて,平成19年4月ころにAとCが話しているのを耳にしており,同年7月の時点でも,乙土地及び丙建物については抵当権の設定の登記がされていないことを知っていた。
  13.  しかし,Eは,Aから乙土地及び丙建物の贈与を受けることができれば,丙建物を取り壊して自分の住居を建築することができると算段し,乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定の登記がされていない事情を十分に認識した上で,Aによる乙土地及び丙建物の贈与の申出を受け入れ,平成19年7月27日,乙土地及び丙建物につき,贈与を登記原因としてAからEへの所有権移転登記がされた。
  14.  平成19年8月19日,Eは,乙土地上に自己の居住用建物を建築するため,同土地上にあった丙建物を取り壊した。これを知ったFは,弁護士Qを訴訟代理人に選任した上で,Eに対し,抵当権の侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起することとした。
     
  〔設問2〕 【事実】1から14までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
(1)  【事実】14に記す訴えに係る訴訟においてFの損害をどのようにとらえるべきかを検討するに当たり,留意すべき事項を挙げ,それらの事項についてどのように考えるべきか,想定される反論も考慮しつつ論じなさい。
(2)  弁護士Qは,【事実】14に記す訴えに係る訴訟において,Eから,「丙建物については,Fのために抵当権の設定の登記がされていなかったので,Fは,Eに対し,Eの不法行為を理由とする損害賠償を請求することができない。」と反論されることを想定した。この反論の当否について,どのような再反論をすることができるかを含め,論じなさい。
     
【分 析】
  1 小問(1)について
     抵当権侵害による不法行為に基づく損害賠償を求める訴えにおいて,Fの損害をどのようにとらえるべきでしょうか。
 まず,@抵当不動産の価値が減少しても,その残存価値が被担保債権額の弁済を受けるに足りるときには損害が生じていないのではないか,すなわち,丙建物を取り壊しても,残りの甲土地,乙土地をあわせて考えると,Fには損害が生じていないのではないかという反論が考えられます。
 また,A被担保債権の弁済を受けるに足りるか否かは,実際に抵当権を実行してみなければ判断できないので,FのAに対する被担保債権の弁済期が未到来である本問の場合,損害が生じたとはいえないのではないかという反論も考えられます。
 判例は,上記@について,抵当不動産の価値減損のため被担保債権の満足が得られなくなったときに限り損害があるといえるとしています(大判昭3.8.1民集7−671)。また,上記Aについて,抵当権実行時,または,被担保債権の弁済期到来後で抵当権実行前における損害賠償請求権行使時を基準として判断されるとしています(大判昭7.5.27民集11−1289)。
 もっとも,抵当権者は,抵当不動産を一体のものとして把握し,そのどの部分からでも被担保債権の全額を回収する権利を有していると考えると,その権利の侵害による損害は,抵当不動産の価値の減少分を,不法行為時点で評価することによって決定され,それゆえ,被担保債権の弁済期の到来を待たず,損害賠償請求が可能だと解することができるでしょう(道垣内弘人『担保物権法』p.186〜7)。
  2 小問(2)について
     Eの想定される反論は,FとEは対抗関係にあるところ,丙建物につき抵当権の設定登記がされていないため,Eは所有権移転登記を具備したことにより,抵当権の対抗されない所有権を取得しており,Eによる丙建物取壊し行為は不法行為とならないとするものと思われます。
 これに対し,Fは,Eが乙土地及び丙建物にFのための抵当権の設定登記がなされていない事情を十分認識した上で,Aから贈与を受けていることから,民法177条の「第三者」に当たらず,登記がなくても抵当権を主張できると再反論することが考えられます。
 「第三者」とは,当事者及びその包括承継人以外の者で,登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者をいうとするのが,判例・通説です。そして,悪意者も「第三者」に含まれるのかという問題については,背信的悪意者排除説が判例・通説となっています。
 背信的悪意者排除説を採った場合,EがAから贈与をもちかけられた時点において,EはAとの同居をやめて独立しているが,AがFから金銭を借り入れた事情や,その担保として本件土地建物に抵当権が設定されたものの,登記がされていない事情を同居解消前から知っていたこと,しかも,売買ではなく贈与であることを考慮すると,Fの登記の欠缺を主張することは信義に反するといえるでしょう。
 
■〔設問3〕
【問題文】
V   【事実】1から14までに加え,以下の【事実】15から17までの経緯があった。
【事実】
  15.  平成19年9月10日,Fは「被告E」と訴状に記載して,【事実】14に記す訴え(以下「第2訴訟」という。)をJ地方裁判所に提起した。第2訴訟は,被告側に訴訟代理人が選任されないまま進行した。第1回口頭弁論期日が開かれた後,口頭弁論が続行され,第3回口頭弁論期日までの間に,双方から事実に関する主張及びそれに対する認否が行われた。
  16.  弁護士Qは,第4回口頭弁論期日にこれまでどおり出頭し,J地方裁判所の法廷入口に用意された期日の出頭票の原告訴訟代理人氏名欄に自らの名前をボールペンで書き入れようとした際,これまでの口頭弁論期日にEとして出頭していた人物が,同じく出頭票の被告氏名欄にボールペンで「G」という氏名を記載した後に,慌ててその名前を塗りつぶして,「E」と記載したところを目撃した。
 そこで,弁護士Qは,不審に思い,第4回口頭弁論期日の冒頭において,Eとして出頭した人物に対し,「あなたは,先ほど,出頭票に「G」という今まで見たことがない名前を書いていませんでしたか。訴状には,「被告E」と記載されています。あなたは,本当にEさんですか。」と問いただした。すると,Eとして出頭した人物は,「実は,私は,Eと同居しているGです。」と述べ,次回期日には,Eを連れてくる旨を確約した。裁判所は,口頭弁論を続行することとし,第5回口頭弁論期日が指定された。
  17.  その後,第2訴訟に係る経緯をGから聞いたEは,訴訟代理人として弁護士Rを選任した。そして,第5回口頭弁論期日には,弁護士Q並びにE,G及び弁護士Rが出頭した。
 第5回口頭弁論期日においては,E本人が訴状の送達を受け,Gに対応を相談したところ,Gが,「この裁判は,あなたの身代わりとして私がするから任せてほしい。」と申し出たので,EがGに対し「任せる。」とこたえた,という事実が確認された。
 そして,弁護士Rは,「これまでにGがした訴訟行為は,すべて無効である。」と主張し,裁判所に対し,これを前提として手続を進めることを求めた。
 これに対し,弁護士Qは,「弁護士Rの主張は認められない。Gがした訴訟行為の効力はEに及ぶ。」と主張した。
     
  〔設問3〕 【事実】1から17までを前提として,第2訴訟において,訴状の送達後,Gが第3回口頭弁論期日までの間にした訴訟行為の効力がEに及ぶかどうかについて,理由を付して論じなさい。
     
【分 析】
   先ず,前提として本問訴訟の被告(当事者)は誰か確定する必要があります。そこで,当事者の確定基準が問題となります。この点,当事者は訴状の記載を合理的に解釈して決すべきであり,本問では,被告として訴えられているのはEですので,被告はEとなります。
 また,本問訴訟の被告がEだとすると,当事者でもなく,適法に選任された代理人でも訴訟担当でもないGがEとして行った訴訟行為は無効となり,Gの訴訟行為の効力がEに及ばないのではないかが問題となります。
 本問では,他人が当事者本人として行動していることから,Gを排除して,既存の訴訟行為を無効とすべきではないかが問題となります。
 無効とした場合,Gの訴訟行為の効力がEに及ばないこととなります。
 しかし,既存の手続を無効とすると,@相手方にとってはそれまでの行為の効力が否定されることとなり,A手続の安定性を害し,B更には訴訟不経済となります。
 他方,本問では「本人の同意」があって,GがEとして訴訟行為をしているので,氏名冒用訴訟の場合とは異なり保護されるべき本人の利益は少ないとも考えられます。
 そこで,Gの訴訟行為を有効とするべきではないかが問題となります。
 この点,本人以外の行った本人としての訴訟行為を,本人の追認により有効とすべきと考えれば,Gの訴訟行為の効力がEに及びますが,本人による追認を自由に認めて,他人のなした訴訟行為を有効としてしまうとすると,弁護士代理の原則(弁護士法54条)に反する行為を認めることとなり許されないとも考えられます。
 そこで,弁護士代理の原則の趣旨(@本人保護,A訴訟の混乱防止,B相手方の保護)から,潜脱に当たるかを検討すべきです。
 本問では,本人の意思の元でGが訴訟行為をしているので,本人の利益は害さないといえます。
 しかし,裁判所・相手方の利益の観点からは,正当化し得ません。
 よって,無効といえ,Gの訴訟行為の効力がEに及ばないと考えられます。
     
■〔設問4〕
【問題文】
W   【事実】1から9までに加え,以下の【事実】18から20までの経緯があった。
【事実】
  18.  第1訴訟の第1回口頭弁論期日は,平成19年7月27日に開かれ,訴状の陳述などが行われた。その後数回の期日を経て,平成20年4月11日に口頭弁論が終結し,同年6月2日にAの請求を全部認容する旨の終局判決が言い渡され,この判決が確定した。
  19.  平成21年4月23日に,Aは,弁護士Pを訴訟代理人に選任した上で,Fに対し,被担保債権(被担保債権は,【事実】9に記した本件消費貸借契約上の貸金返還請求権のみであるとする。)の全額が弁済により消滅したことを理由として,J地方裁判所に,甲土地の所有権に基づき甲土地に係る抵当権の設定の登記の抹消登記手続を求める訴え(以下「第3訴訟」という。)を提起した。
  20.  第3訴訟の第1回口頭弁論期日において,弁護士Pは,被担保債権に関し,「本件消費貸借契約に基づきAがFに対して負う元本返還債務の金額は1500万円であるところ,AはFに対し,平成20年3月15日に500万円,平成21年3月15日に1000万円をそれぞれ弁済した。」と主張した。
 この期日において,弁護士Pは,裁判長の釈明に対し,「平成20年3月15日にされた弁済が第1訴訟において主張されなかったのは,Aが,同弁済が第1訴訟において意味がある事実だとは思わなかったので,私に連絡を怠ったためである。」と陳述した。
これに対し,Fの訴訟代理人である弁護士Qは,弁護士Pの被担保債権に関する主張のうち,平成20年3月15日の弁済については次回の口頭弁論期日まで認否を留保し,その余は認める旨の陳述をした。
     
  〔設問4〕 【事実】1から9まで及び18から20までを前提として,第3訴訟に関する次の(1)及び(2)に答えなさい。
(1)  第3訴訟の第1回口頭弁論期日後数日してされた次の弁護士Qと司法修習生Sの会話を読んだ上で,あなたが司法修習生Sであるとして,弁護士Qが示した課題(会話中の下線を引いた部分)を検討した結果を理由を付して述べなさい。
 ただし,信義則違反については論ずる必要がない。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。
Q:  第1訴訟の確定判決の既判力が第3訴訟で作用することは理解できますか。
S:  第3訴訟の訴訟物は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権ですから,抵当権が消滅したかどうかが争点になります。そして,抵当権が消滅したかどうかを判断するためには,抵当権の付従性から,被担保債権が消滅したかどうかを判断しなければなりません。つまり,被担保債権である本件消費貸借契約上の貸金返還請求権の存否が,訴訟物である抵当権設定登記抹消登記請求権の存否にとって,いわゆる先決関係にあるということになります。
Q:  そのとおりです。ですから,第1訴訟の確定判決の既判力の作用によって,私たちは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論が終結した平成20年4月11日の時点で,本件消費貸借契約上の元本返還請求権の金額が1500万円を超えていたことを主張できなくなります。この点は分かりますか。
S:  はい。
Q:  ところが,Aは,第3訴訟で,第1訴訟の口頭弁論終結前の平成20年3月15日にされた弁済を主張してきましたね。このような主張は許されてよいものでしょうか。
S:  確かにそうですね。信義則に反すると思います。
Q:  いきなり信義則違反に飛び付くのは,いかがなものでしょうか。最終的には,信義則違反の主張をすることになるかもしれませんが,その前に,Aの弁済の主張が第1訴訟で生じた既判力によって遮断されるかどうかを検討すべきではないでしょうか。
S:  すみません。先走り過ぎました。
Q:  第1回口頭弁論期日が終わってから,私なりに既判力について考えてみました。その結果,二つの法律構成が残ったのですが,そこから先の検討がまだ済んでいないのです。第2回口頭弁論期日のための準備書面をそろそろ書き始めなければなりませんので,あなたにも協力してほしいのです。
S:  分かりました。
Q:  では,二つの法律構成を説明します。
 第1の法律構成(法律構成@)は,第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であって,Aの「1500万円を超えては存在しない」ことの確認を求めるという請求の趣旨は,例えば「1200万円を超えては存在しない」というような,より原告に有利な判決を求めないという意味において,原告が自ら,請求の認容の範囲を限定したものにすぎない,というものです。このように考えると,既判力の対象はあくまでも,元本返還債務の全体ですから,第1訴訟の確定判決の既判力によって,「平成20年4月11日の時点で元本債務は1500万円であった」ということが確定されることになります。
 第2の法律構成(法律構成A)も,やはり第1訴訟の訴訟物は元本返還債務の全体であるとするのですが,同債務のうち1500万円についてはAが請求を放棄したために,実際に審判対象となったのは1500万円を超える部分だというものです。このように考える場合には,第1訴訟の確定判決の既判力の客観的範囲は元本返還債務のうち1500万円を超える部分だけになりますが,請求の放棄,正確には請求の一部放棄の既判力により,元本債務の金額が1500万円であったことが確定されることになります。
 理解できましたか。
S:  はい。
Q:  それでは,これから,あなたにお願いする課題を説明します。法律構成@と法律構成Aのそれぞれについて,長所と短所を検討してください。ただし,最高裁判所の判例に適合的であるから良い,あるいは,最高裁判所の判例に反するから駄目だ,というような紋切り型の答えでは困ります。
S:  分かりました。頑張ってみます。
(2)  審理の結果,被担保債権の元本が500万円残っているとの結論に至った場合,裁判所は,Fに対し,AがFに500万円を支払うことを条件として,抵当権の設定の登記の抹消登記手続をすることを命ずる判決をすることができるか,Aの請求を全部棄却することと比較しながら,論じなさい。
 なお,貸金返還請求権については,利息及び遅延損害金を考慮に入れないものとする。
     
【分 析】
 
(1)について(この点,納谷廣美『事例式演習教室 民事訴訟法』72〜7項参照)
   まず,法律構成@では,第1訴訟の既判力の対象は,元本債務の全体であったことになります。
 この立場によると,遮断効により,1500万円についての蒸し返しの恐れがないことが長所といえます。
 他方,1500万円部分の元本債務も訴訟物であるとすれば,これについて判決主文で判断すべきことになるところ,元本債務は第一訴訟の申し立て範囲に当たるか疑問であり,246条違反の問題が生じ得ることが短所となります。
 また,法律構成@,Aに共通の短所として,1500万円の元本債権の既判力が認められることになるところ,そもそも1500万円の確認請求部分については確認の利益が認められるか,確認の利益を欠くのではないかも問題となります。
 次に,法律構成Aでも,第1訴訟の訴訟物を1500万,超える債務(500万)としますが,1500万円については請求の放棄があったとします。これによれば,1500万円についての蒸し返しの恐れがないことが長所といえます。
 しかし,請求の放棄が確定判決と同様の効力を有するためには調書への記載を要する(267条)ところ,放棄について調書がないことが問題となります。
(2)について
   本問の条件付認容判決は一部認容判決となります。
 この点,判決は申し立て事項に拘束される(処分権主義・246条)ところ,一部認容判決は処分権主義との関係で許されるかが問題となります。
 ここで,棄却の判決の場合,問題はありません。
 また条件付一部認容の場合,訴訟物たる請求に反対債務がある場合に,反対債務の履行を条件とすることは,処分権主義違反にはなりません。
 さらに,当事者の意思,不意打ち防止の観点からも仮に原告が進んで条件付請求を申し立てたときは,とくに問題とすべき点はありません。
 しかし,問題は,このような将来給付請求が許されるかにあり,135条の適用範囲をそこまで拡張できるかにあります。この点,結論は否定・肯定の両説に分かれるでしょうが,拡張を否定する説が妥当と思われます(伊藤眞『民事訴訟法』(第3版4訂版)P.146以下,とくに注26参照)
     
■〔設問5〕
【問題文】
X   【事実】1から9までに加え,以下の【事実】21から25までの経緯があった。
【事実】
  21.  Dは平成20年2月16日に病没した。
  22.  Aは,外国に住んでいる親族の結婚式に出席するため,5日間の外国旅行に出ることとなった。Aは,出発前夜である平成22年1月12日に,CとEを呼び,「今まで隠していたが,実はEは私とDとの間にできた子で,私はEを認知することにした。認知届の書類にもすべて私が必要な項目を埋めて署名押印しておいたから,Eは,私が旅行に出ている間に,認知届の日付を埋めた上で必ず市役所に提出しておいてほしい。」と告げた。突然の話にEは驚いたものの,了解し,認知届の提出に必要な書類一式をAから受け取った。
  23.  翌朝,Aは旅行に出発した。同月14日,Aは事故に巻き込まれ,死亡した。Eは,この件の事後処理に忙殺され,認知届を提出しないままになっている。
  24.  Aの遺品を整理していたCは,同年2月3日に,Aの愛用していた机の引出しの奥に,「遺言」と表面に書かれた1通の封書を見つけた。この封書には自筆証書遺言として適式な証書が入っていて,そこには,「私が死亡したときは,私の遺産はCを2,Eを1とする割合で分けること。」とAの筆跡で記されていた。遺言の日付は平成20年4月6日となっていた。
  25.  Hは生前のAに対し600万円を貸し付けており,平成22年4月現在,この貸金債権の弁済期は既に到来している。平成22年5月になって,Hが,前記貸金債権に係る元本の返済をC及びEに対し請求してきた。
     
  〔設問5〕 【事実】1から9まで及び21から25までを前提として,C及びEはHに対し元本の支払義務を負うか,支払義務を負うとした場合,いくらの支払義務を負うか,これらについて,EがAの子であるかどうかにも言及しつつ論じなさい。
     
【分 析】
   本問においては,EがAの子であるかどうかに言及しつつ論じることが求められており,まず,Aの認知がなされたといえるかどうかが問題となります。
 本問の事実関係において,AのEに対する認知があったといえるかどうかにつき検討しますと,Aは,たしかに,Eに対して認知することを告げ,Eはこれを了解した上で,認知届の提出に必要な書類一式を受け取っています。しかし,Eは,Aの死亡事故の事後処理に忙殺され,認知届を提出していません。この場合,認知という身分行為は,戸籍法上の届出という方式を踏むことによって成立し,届出の受理によって届出の時に効力を生じる要式行為である以上(注釈民法(22)のTP211),本問では,認知の効力は生じていないことになります。したがって,Eは,Aの子ではないということになります。
   次に,EがAの子ではないとした上で,C及びEはHに対して,元本の支払義務を負うか,負うとした場合,いくらの支払義務を負うかについて,検討します。
 前述のように,EがAの子でないとすると,Aの相続人はCのみということになります。もっとも,Aの死後,Aの自筆証書遺言が発見され,そこには,Aの遺産は「Cを2,Eを1とする割合で分けること」と記されています。これにより,Eは,Aから包括遺贈を受けたということとなります。ここで,包括受遺者は,遺贈された割合の権利義務を当然に取得することになりますので(990条),Eは,Aの債務をその遺贈された割合で承継取得することになります。したがって,C及びEは,共にHに対して元本の支払義務を負うことになります。
 そして,金銭債務は,相続分の割合で相続人の間に分割されるというのが判例(大決昭5.12.4民集9−1118)ですから,これに従いますと,C及びEは,2対1の割合,すなわちCは400万円,Eは200万円の範囲でHに対して支払義務を負うことになります。
 なお,本問遺言の内容は,遺産の分配についてしか記されておらず,認知のことには何ら触れられていないので,本問遺言の解釈として,遺言認知があったと解釈するのは難しいでしょう。
     

4 的中情報★★★

 まず,民法部分ですが,設問1の「表見代理と無権代理」は,2010スタンダード論文答練(第2クール)民事系1第2問(加藤晋介先生御担当)で正面から問われています(★★★)。また,「背信的悪意者」についても,2010年新司法試験全国公開模試民事系第2問で問われています(★★★)。さらに,「抵当権侵害」については,2009スタンダード論文答練(第2クール)民事系3第2問(中尾隆宏先生御担当)で出題し,当該問題を2010新司法試験直前早まくり民事系(中尾隆宏先生御担当)の【補助資料@】として受講生に配布させていただきました(★★★)。これらの答練・講座の受講生の方は解答に際して極めて有利であったものと思われます。なお,抵当権侵害については,辰已のスタンダード短答オープン,スタンダード論文答練の受講者限定の会員メルマガ(T・BEC情報メルマガvol.19 2010/3/1号)において,考査委員の山野目章夫先生が,考査委員就任以前に辰已の日曜答練(従来型司法試験受験生向け答練)にて出題したテーマであること,並びに近時の著作をご案内致しました。
 次に,民事訴訟法ですが,設問3の「当事者の確定」は,2009スタンダード論文答練(第1クール)民事系2第1問(佐藤剛志先生御担当)で正面から出題し(★★★),さらに,2010新司法試験全国公開模試「2010論文本試験出題予想ノート」の「民事訴訟法危ない論点2010」Theme1に掲載させていただきました(★★★)。

 
 
 
 ●第1問 刑法
■公開:2010年05月16日

はじめに
 
昨年(平成21年)の論文本試験刑事系科目第1問の出題趣旨には,「具体的事例に基づいて甲乙の罪責を問うことによって,刑事実体法及びその解釈論の理解,具体的事実に法規範を適用する能力並びに論理的思考力を試すものである。」と記載されていたところ,本問の出題における基本方針もこれを踏襲したものと思われます。
  もっとも,昨年の刑事系科目第1問は,事案を的確に把握して処理をするのが大変難しく,また分量も多く,平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑法)の「今後の出題について」という項目では「出題の在り方について様々な意見があると承知しているが,新司法試験に求められる目的を十分に考慮しつつ,受験者の能力の適正な評価が可能な問題となるべく,今後も工夫を重ねていきたい。」との記載があったことから,何らかの改善がなされるものと予想されたところ,難易度・分量等も本試験過去問の標準的な相場に戻った感じがします。
  また,上記のように平成21年の出題趣旨では「…その解釈論の理解」との文言が付け加わったことからか,昨年までの刑法各論中心の出題と異なり,不真正不作為犯,因果関係,過失犯,過失の共同正犯等のより論理的な対立が深い刑法総論中心の出題に変化しました。
  さらに,旧司法試験と異なり新司法試験では長文での出題が可能となったことからか,旧司法試験ではあまり出題されなかった過失犯が正面から出題されたことも本問の特色といえるでしょう。

2 問題文について

  平成22年の刑事系科目の問題集は第1問・第2問あわせて9頁で,その内,第1問の問題文の頁数は3頁で(昨年(平成21年)は3頁),本文は,冒頭の設問文と事実1から8で構成されています。添付資料等はありません。
  なお,本問の問題文は本試験全日程終了後に法務省のホームページ上に掲載されるものと思われますが,本問の問題文はさほど長くなく,問題文本文と設問文を見れば概ね本問事案を把握できるものと思われますので,本ホームページ閲覧者の便宜のため,以下に掲載いたします。

【問題文】

  以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
  V(78歳)は,数年前から自力で食事や排せつを行うことができない,いわゆる寝たきりの要介護状態にあり,自宅で,妻甲(68歳)の介護を受けていたが,風邪をこじらせて肺炎となり,A病院の一般病棟の個室に入院して主治医Bの治療を受け,容体は快方に向かっていた。
  A病院に勤務し,Vを担当する看護師乙は,Vの容体が快方に向かってからは,Bの指示により,2時間ないし3時間に1回程度の割合でVの病室を巡回し,検温をするほか,容体の確認,投薬や食事・排せつの世話などをしていた。
  一方,甲は,Vが入院した時から,連日,Vの病室を訪れ,数時間にわたってVの身の回りの世話をしていた。このため,乙は,Vの病状に何か異状があれば甲が気付いて看護師等に知らせるだろうと考え,甲がVの病室に来ている間の巡回を控えめにしていた。その際,乙は,甲に対し,「何か異状があったら,すぐに教えてください。」と依頼しており,甲も,その旨了承し,「私がいる間はゆっくりしていてください。」などと乙に話し,実際に,甲は,病室を訪れている間,Vの検温,食事・排せつの世話などをしていた。
2   Vは,入院開始から約3週間経過後のある日,午前11時過ぎに発熱し,正午ころには39度を超える高熱となった(以下,時刻の記載は同日の時刻をいう。)。Bは,発熱の原因が必ずしもはっきりしなかったものの,このような場合に通常行われる処置である解熱消炎剤の投与をすることにした。ところが,Vは,一般的な解熱消炎剤の「D薬」に対する強いアレルギー体質で,D薬による急性のアレルギー反応でショック死する危険があったため,Bは,D薬に代えて使用されることの多い別の解熱消炎剤の「E薬」を点滴で投与することにし,午前0時30分ころ,その旨の処方せんを作成して乙に手渡し,「Vさんに解熱消炎剤のE薬を点滴してください。」と指示した。そして,高齢のVの発熱の原因がはっきりせず,E薬の点滴投与後もVの熱が下がらなかったり容体の急変等が起こる可能性があったため,Bは,看護師によるVの慎重な経過観察が必要であると判断し,乙に,「Vさんの発熱の原因がはっきりしない上,Vさんは高齢なので,熱が下がらなかったり容体が急変しないか心配です。容体をよく観察してください。半日くらいは,約30分ごとにVさんの様子を確認してください。」と指示した。
  Bの指示を受けた乙は,A病院の薬剤部に行き,Bから受け取った前記処方せんを,同部に勤務する薬剤師丙に渡した。
  A病院では,医師作成の処方せんに従って薬剤部の薬剤師が薬を準備することとなっていたが,薬の誤投与は,患者の病状や体質によってはその生命を危険にさらしかねないため,薬剤師において,医師の処方が患者の病状や体質に適合するかどうかをチェックする態勢が取られており,かかるチェックを必ずした上で薬を医師・看護師らに提供することとされていた。仮に,医師の処方に疑問があれば,薬剤師は医師に確認した上で薬を提供することになっていた。
  ところが,乙から前記処方せんを受け取った丙は,Bの処方に間違いはないものと思い,処方された薬の適否やVのアレルギー体質等の確認も行わずに,E薬の薬液入りガラス製容器(アンプル)が多数保管されているE薬用の引き出しからアンプルを1本取り出した。その引き出しには本来E薬しか保管されていないはずであったが,たまたまD薬のアンプルが数本混入していて,丙が取り出したのは,そのうちの1本であった。しかし,丙は,それをE薬と思い込んだまま,アンプルの薬名を確認せず,それを点滴に必要な点滴容器や注射針などの器具と一緒にVの名前を記載した袋に入れ,前記処方せんの写しとともに乙に渡した。
  なお,D薬のアンプルとE薬のアンプルの外観はほぼ同じであったが,貼付されたラベルには各薬名が明記されていた。
  また,D薬に対するアレルギー体質の患者に対し,D薬に代えてE薬が処方される例は多く,丙もその旨の知識を有していた
  A病院では,看護師が点滴その他の投薬をする場合,薬の誤投与を防ぐため,看護師において,薬が医師の処方どおりであるかを処方せんの写しと対照してチェックし,処方や薬に疑問がある場合には,医師や薬剤師に確認すべきこととなっており,その際,患者のアレルギー体質等については,その生命にかかわることから十分に注意することとされ,乙もA病院の看護師としてこれらの点を熟知していた。
  しかし,丙から前記のとおりアンプルや点滴に必要な器具等を受け取った乙は,丙がこれまで間違いを犯したことがなく,丙の仕事ぶりを信頼していたことから,丙が,処方やVの体質等の確認をしなかったり,処方せんと異なる薬を渡したりすることを全く予想していなかったため,受け取った薬が処方されたものに間違いがないかどうかを確認せず,丙から受け取ったアンプルが処方されたE薬ではないことに気付かなかった。また,乙は,VがD薬に対するアレルギー体質を有することを,Vの入院当初に確認してVの看護記録にも記入していたが,そのことも失念していた。
  そして,乙は,丙から受け取ったD薬のアンプル内の薬液を点滴容器に注入し,午後1時ころからVに対し,それがE薬ではないことに気付かないままD薬の点滴を開始した。その際,Vの検温をしたところ,体温は39度2分であったため,乙は,Vのベッド脇に置かれた検温表にその旨記載して病室を出た。
  乙は,Bの前記指示に従って,点滴を開始した午後1時ころから約30分おきにVの病室を巡回することとし,1回目の巡回を午後1時30分ころに行い,Vの容体を観察したが,その時点では異状はなかった。この時のVの体温は39度で,乙はその旨検温表に記載した
  午後1時35分ころ,甲が来院し,Vの病室に行く前に看護師詰所(ナースステーション)に立ち寄ったので,乙は,甲に,「Vさんが発熱したので,午後1時ころから,解熱消炎剤の点滴を始めました。そのうち熱は下がると思いますが,何かあったら声を掛けてください。私も30分おきに病室に顔を出します。」などと言い,甲は,「分かりました。」と答えてVの病室に行った。
  甲は,Vが眠っていたため病室を片付けるなどしていたところ,午後1時50分ころ,Vが呼吸の際ゼイゼイと音を立てて息苦しそうにし,顔や手足に赤い発しんが出ていたので,慌ててVに声を掛けて体を揺すったが,明りょうな返事はなかった。
  Vは,数年前に,薬によるアレルギー反応で赤い発しんが出て呼吸困難に陥って次第に容体が悪化し,やがてチアノーゼ(血液中の酸素濃度低下により皮膚が青紫色になること)が現れるに至ったが,医師の救命措置により一命を取り留めたことがあった。甲は,その経過を直接見ており,後に医師から,「薬に対するアレルギーでショック状態になっていたので,もう少し救命処置が遅れていれば助からなかったかもしれない。」と聞かされた。
  このような経験から,甲は,Vが再び薬によるアレルギー反応を起こして呼吸困難等に陥っていることが分かり,放置すると手遅れになるおそれがあると思った。
  しかし,甲は,他に身寄りのないVを,Vが要介護状態になった数年前から一人で介護する生活を続け,肉体的にも精神的にも疲れ切っており,退院後も将来にわたってVの介護を続けなければならないことに悲観していたため,このままVが死亡すれば,先の見えない介護生活から解放されるのではないかと思った。また,甲は,時折Vが「こんな生活もう嫌だ。」などと嘆いていたことから,介護を受けながら寝たきりの生活を続けるより,このまま死んだ方がVにとっても幸せなのではないかとも思った。
  他方,甲は,長年連れ添ったVを失いたくない気持ちもあった上,Vが死亡すると,これまで受け取っていた甲とVの2名分の年金受給額が減少するのも嫌だとの思いもあった。
  このように,甲が,これまでの人生を振り返り,かつ今後の人生を考えて,これからどうするのが甲やVにとって良いことなのか思い悩んでいた午後2時ころ,乙が,巡回のため,Vの病室の閉じられていた出入口ドアをノックした。しかし,心を決めかねていた甲は,もうしばらく考えてからでもVの救命は間に合うだろうと思い,時間を稼ぐため,ドア越しに,「今,体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。夫に変わりはありません。」と嘘を言った。
  乙は,その言葉を全く疑わずに信じ込み,Vに付き添って体を拭いてるのだから,Vに異状があれば甲が必ず気付くはずだと思い,Vの容体に異状がないことの確認はできたものと判断し,約30分後の午後2時30分ころに再び巡回すれば足りると考え,「分かりました。30分ほどしたらまた来ます。」とドア越しに甲に言って立ち去った
  乙が立ち去った後,甲がVの様子を見ると,顔にチアノーゼが現れ,呼吸も更に苦しそうに見えたことなどから,甲は,Vの容体が更に悪化していることが分かった。
  甲は,しばらく悩んだ末,数年前にVが同様の症状に陥って助かった時の前記経験から,現時点のVの症状ならば,速やかに救命処置が開始されればVはまだ助かるだろうと思いながらも,事態を事の成り行きに任せ,Vの生死を,医師等の医療従事者の手にではなく,運命にゆだねることに決め,その結果がどうなろうとその運命に従うことにした。
  その後,甲は,乙の次の巡回が午後2時30分ころに予定されていたので,午後2時15分ころ,検温もしていないのに,検温表に午後2時20分の検温結果として38度5分と記入した上,午後2時30分ころ,更に容体が悪化しているVを病室に残して看護師詰所に行き,乙に検温表を示しながら,「体を拭いたら気持ち良さそうに眠りました。しばらくそっとしておいてもらえませんか。熱は下がり始めているようです。何かあればすぐにお知らせしますから。」と嘘を言ってVの病室に戻った。
  乙は,他の患者の看護に追われて多忙であった上,甲の話と検温表の記載から,Vの容体に異状はなく,熱も下がり始めて容体が安定してきたものと信じ込み,甲が付き添っているのだから眠っているVの様子をわざわざ見に行く必要はなく,午後2時30分ころに予定していた巡回は行わずに午後3時ころVの容体を確認すれば足りると判断した。
  午後2時50分ころ,甲は,Vの呼吸が止まっていることに気付き,Vは助からない運命だと思って帰宅した。
  午後3時ころ,Vの病室に入った乙が,意識がなく呼吸が停止しているVを発見し,直ちに,Bらによる救命処置が講じられたが,午後3時50分にVの死亡が確認された
  その後の死亡解剖や甲,乙,丙及び他のA病院関係者らに対する事情聴取等の捜査の結果,次の各事実が判明した。
 
(1)   Vの死因は,肺炎によるものではなく,D薬を投与されたことに基づく急性アレルギー反応による呼吸困難を伴うショック死であった。
(2)   遅くとも午後2時20分までに,医師,看護師等がVの異変に気付けば,当時のA病院の態勢では直ちに医師等による救命処置が開始可能であって,それによりVは救命されたものと認められたが,Vの異変に気付くのが,それより後になると,Vが救命されたかどうかは明らかでなく,午後2時50分を過ぎると,Vが救命される可能性はほとんどなかったものと認められた。
  なお,本件において,Vに施された救命処置は適切であった
(3)   VにE薬に対するアレルギーはなく,VにE薬を投与してもこれによって死亡することはなかった。
 なお,BのVに対する治療方針やE薬の処方及び乙への指示は適切であった
(4)   E薬用の引き出しには数本のD薬のアンプルが混入していたが,その原因は,A病院関係者の何者かが,D薬のアンプルを保管場所にしまう際,D薬用の引き出しにしまわず,間違って,E薬用の引き出しに入れてしまったことにあると推測された。しかし,それ以上の具体的な事実関係は明らかにならなかった。

3 本問の分析

甲の罪責について

  甲が容体の悪化したVの生死につき,医師等の医療従事者の手ではなく,運命に委ねるなどして,Vを放置して,もってVを死に至らしめた点につき,殺人罪の不真正不作為犯の成否が問題になると考えられます。
  そこで,不真正不作為犯の成立要件が問題となりますが,有力な学説である支配領域説に立つと,甲が,巡回に来た看護師乙に対して,「今,体を拭いてあげているので20分ほど待ってください。」などと嘘を言って,乙の巡回を妨げていることなどの事情から,支配領域の設定を肯定することができるでしょう。この点については,近時,不作為による殺人の事例に関する,いわゆるシャクティ治療殺人事件判決(最決平17.7.4刑集59−6−403)が参考になるでしょう。
  もっとも,上記最決平成17年の事案では,被害者を留め置いた場所がホテルの一室であったのに対し,本問では,いつ何時,医師や看護師が来訪するかもしれない病院の一室であった,という点を重視すれば,支配領域の設定を否定することも可能でしょう。
  なお,作為義務については,甲がXの妻である以上,容易に認められると考えられます(民法752条参照)。
  次に,甲の不作為とV死亡との間の因果関係の有無が問題となります。この点については,最決平元.12.15刑集43−13−879が,不作為の因果関係が問題となった事案において,救急医療を要請していれば十中八九救命が可能であったことにより,救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったことが認められる旨判示したことが参考になるでしょう。
  本問においては,午後2時20分を境にVの生存率が不確定になったこと,午後2時50分を過ぎると,Vが救命される可能性はほとんどなかったこと,など(事実8参照)をいかに評価するかが結論に影響を及ぼすと考えられます。
  さらに,甲には,当初,Vに対する明確な殺意はなかったと思われるものの(事実5参照),その後,Vの生死の「結果がどうなろうとその運命に従うことにした」(事実6)とあり,少なくとも未必の故意は認められると考えられます(なお,殺人の不真正不作為犯の成立を否定した場合でも,保護責任者遺棄致死罪の成否が問題となり得ます。)。
  以上の事実関係をもとに,甲に,Vに対する不作為の殺人罪(199条)が成立するか否かを論じることが求められていたと考えられます。
丙の罪責について
  丙が薬剤師でありながら,薬名の確認を怠り,薬を誤投与されたVが結果として死亡した点につき,丙に業務上過失致死傷罪が成立するか否かが問題になると考えられます。
  丙は薬剤師であり,病院患者の身体・生命等に危害を加える虞のある行為を行う者として,「業務」者に当たるといえます。また,丙は,D薬に対するアレルギー患者に対し,D薬に代えてE薬が処方される例は多い旨を知っていたにもかかわらず,D薬のアンプルをE薬と思い込んだまま確認もせずに処方したのですから,「過失」があったと評価できるでしょう(事実3参照)。
  以上の丙の過失行為を原因の一つとして,「V死亡」という結果は発生していますが,その間に,乙による過失行為と甲による故意行為が介在している点で,因果関係の存否が問題となります。この点については,E薬の誤投与によるV死亡という危険は,適切な治療が施されれば回避可能なものであったところ(事実8参照),甲による支配領域の設定により(第1参照),救命可能性が否定されたという点を重視すれば,行為の危険が現実化したとはいえないということができるでしょう。他方,一般的に薬の誤投与は患者の身体・生命に重大な影響を及ぼし得る行為であり,高齢で要介護状態にあるVに対する誤投与は死亡という結果発生の蓋然性が高いと思われることなどを重視すれば,行為の危険が現実化したといえるということもできるでしょう。
  もっとも,因果関係を否定しても,丙の過失行為を原因として,Vの容体の悪化という生理機能障害は生じていたので,業務上過失致傷罪の限度では罪責を負います。
  ところで,丙は,丙からE薬を手渡され,これを確認することなくVに投与した乙とともに,同じくA病院に勤める者同士,Vの治療義務を共同で負っていたものと評価することも可能でしょう。これを肯定すれば,丙と乙とは過失の共同正犯となり,丙には,業務上過失致傷罪の共同正犯(60条,211条)が成立するとも考えられます。
乙の罪責について
  乙が看護師でありながら,薬剤師丙の仕事ぶりを信頼し,受け取った薬が処方されたものに間違いがないかどうかを確認せず,VにD薬を誤投与し,Vが結果として死亡した点につき,乙に業務上過失致死傷罪が成立するか否かが問題になると考えられます。
  乙は看護師であり,病院患者の身体・生命等に危害を加える虞のある行為を行う者として,「業務」者に当たるといえます。
  このような地位にありながら,丙がアンプルを取り違えた点を確認せずにVに処方した点,点滴開始後であるにもかかわらず甲の言葉を真に受けて巡回をしなかった点などを,「過失」と評価できるかが問題となるでしょう。なお,いかなる行為をもって「過失」とするかについては議論がありますが,この点については問題文の事実を説得的に評価して論ずることができれば十分かと思われます。
  他方で,乙は「丙の仕事ぶりを評価していた」という事情があるため,いかなる行為を「過失」と評価するかによって,信頼の原則について検討の余地があるでしょう。
  もっとも,乙自身にも,看護師として薬剤のチェックが義務付けられ,特にアレルギー体質の患者には十分な注意が要求されていることからすれば,薬剤師である「丙の仕事ぶりを評価していた」としても,あくまで看護師の立場からアンプルの確認をする義務を負っていたものと評価すべきだと思われます。
  そうすると,乙にも「過失」があったと評価できるでしょう(事実4参照)。
  その他,乙の過失とV死亡との間の因果関係の存否,丙との過失の共同正犯の成否については,上記「第2」記載と同様に考えればよいでしょう。

4 的中情報★★★

 まず,不真正不作為犯については,08スタンダード論文答練(第1クール)刑事系2第1問(柳澤 憲先生御担当)で出題されています(★★)。

 また,因果関係については,08スタンダード論文答練(第1クール)刑事系1第1問(菊地幸夫先生御担当)で出題し,当該問題を論文パーフェクト講座2010【実戦応用編】刑事系(佐藤剛志先生御担当)の辰已過去問第1問で出題いたしました(★★)。
 
 ●第2問 刑事訴訟法
■公開:2010年05月16日

はじめに
 
昨年(平成21年)の論文本試験刑事系科目第2問の出題趣旨には,「本問は,捜査・公判に関する具体的事例を示して,そこに生起する刑事手続上の問題点の解決に必要な法解釈,法適用にとって重要な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る過程を論述させることにより,刑事訴訟法等の解釈に関する学識と適用能力及び論理的思考力を試すものである。」と記載されていたところ,本問の出題における基本方針もこれを踏襲したものと思われます。そして,出題形式,難易度等については昨年までと大きな変化はないようです。

 まず,設問1の捜査法の部分では,任意処分の限界,捜索差押え等が主なテーマとなっており,また,設問2は,おとり捜査・秘密録音の適法性,伝聞証拠等が主なテーマとなっております。

2 問題文について

 平成22年の刑事系科目の問題集は第1問・第2問あわせて9頁で,その内,第2問の問題文の頁数は5頁で(昨年(平成21年)も5頁),本文は,冒頭文と【事例】1から5,〔設問1〕〔設問2〕で構成されています。その後に【資料】捜査報告書が2頁にわたって掲載されています。
  なお,本問の問題文は本試験全日程終了後に法務省のホームページ上に掲載されるものと思われますが,本問の問題文はさほど長くなく,問題文本文と設問文を見れば概ね本問事案を把握できるものと思われますので,本ホームページ閲覧者の便宜のため,以下に掲載いたします。

【問題文】

  次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】
  暴力団A組は,けん銃を組織的に密売することによって多額の利益を得ていたが,同組では,発覚を恐れ一般人には販売せず,暴力団に属する者に対してのみ,電話連絡等を通じて取引の交渉をし,取引成立後,宅配等によりけん銃を引き渡すという慎重な方法が採られていた。司法警察員Pらは,A組による組織的な密売ルートを解明すべく内偵捜査を続けていたが,A組幹部の甲がけん銃密売の責任者であるとの情報や,甲からの指示を受けた組員らが,取引成立後,組事務所とは別の場所に保管するけん銃を顧客に発送するなどの方法によりけん銃を譲渡しているとの情報を把握したものの,顧客が暴力団関係者のみであることから,甲らを検挙する証拠を入手できずにいた。
  平成21年6月1日,Pらは,甲らによるけん銃密売に関する証拠を入手するため,A組の組事務所であるアパート前路上で張り込んでいたところ,甲が同アパート前公道上にあったごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。そこで,Pらは,同ごみ袋を警察署に持ち帰り,その内容物を確認したところ,「5/20 1丁→N.H 150」などと日付,アルファベットのイニシャル及び数字が記載された複数のメモ片を発見したため,この裁断されていたメモ片を復元した[捜査@]。
  さらに,同月2日,Pらは,甲が入居しているマンション前路上で張り込んでいたところ,甲が同マンション専用のごみ集積所にごみ袋を置いたのを現認した。なお,同ごみ集積所は,同マンション敷地内にあるが,居住部分の建物棟とは少し離れた場所の倉庫内にあり,その出入口は施錠されておらず,誰でも出入りすることが可能な場所にあった。そこで,Pらは,同集積所に立ち入り,同所において,同ごみ袋内を確認したところ,「5/22 1丁→T.K 150」などと記載された同様のメモ片を発見したため,このメモ片を持ち帰り復元した[捜査A]。
  Pらが復元した各メモ片の内容を確認したところ,甲らが,同年5月中に,10名に対して,代金総額2250万円で合計15丁のけん銃を密売したのではないかとの嫌疑が濃厚となった。
  その後,Pらは,更なる内偵捜査により,A組とは対立する暴力団B組に属する乙が,以前に甲からけん銃を入手しようとしたものの,その代金額について折り合いがつかずにけん銃を入手できなかったため,B組内で処分を受け,甲及びA組に対して強い敵意を抱いているとの情報を入手した。
  そこで,Pは,同年6月5日,乙と接触し,同人に対し,もう一度甲と連絡を取ってけん銃を譲り受け,甲を検挙することを手伝ってほしい旨依頼したところ,乙の協力が得られることとなった。この際,Pは,乙に対し,電話で甲に連絡をした際や直接会って話をした際には,甲との会話内容をICレコーダーに録音したいこと,さらに会話終了後には,引き続き,乙にその会話内容を説明してもらい,それも併せて録音したい旨を依頼し,乙の了解を得た。
  同月7日午前11時ころ,乙は,乙方近くのE公園において,自らの携帯電話から甲の携帯電話に電話をかけ,甲に対し,「前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」などと言い,甲から,「分かった。値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」などとの話を引き出した。乙の近くにいたPは,この会話を乙の携帯電話に接続したICレコーダーに録音し,さらに,同会話終了後にされた「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」という乙による説明も録音した[録音@]。
  翌8日午後1時ころ,待ち合わせ場所のF喫茶店において,甲と乙は,けん銃の譲渡について話合いをした。その際,甲と乙は,代金総額300万円でけん銃2丁を譲渡すること,けん銃は後日乙の指定したマンションへ宅配便で配送すること,けん銃の受取後,代金を直接甲に支払うことなどを合意するに至った。隣のテーブルにいたPは,このけん銃譲渡に関する会話をICレコーダーに録音し,さらに,甲が同店を立ち去った後にされた「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」という乙による説明も録音した[録音A]。
  翌9日以降,Pらは,乙がけん銃を受け取ったことを確認し次第,甲をけん銃の譲渡罪で逮捕し,関係箇所を捜索しようと考え,度々乙と電話で連絡を取り,甲からけん銃2丁が配送されてきたか否か確認を続けた。しかし,同月14日午後9時ころ,Pらは,乙が電話に出なくなったことから不審に思い,乙の生命又は身体に危険な事態が発生した可能性があることからその安全を確認するため,乙方マンション管理人立会いの下,乙方に立ち入ると,乙が居間において,頭部右こめかみ付近から出血した状態で死亡しているのを発見した。乙の死体付近にはけん銃2丁が落ちており,その近くには開封された宅配便の箱があり,その中を確認するとりんごが数個入っていた。また,机上には乙の物とみられる携帯電話1台があった。Pらは,甲によるけん銃譲渡の被疑事実について,裁判官から捜索差押許可状の発付を得た上で,発見したけん銃2丁及び携帯電話1台を押収した。さらに,Pらは,押収した乙の携帯電話の発信歴や着信歴を確認したが,すべて消去されていたため,直ちに科学捜査研究所で,消去されたデータの復元・分析を図った[捜査B]。その結果,頻繁に発着信歴のある電話番号「090−7274−△△△△」が確認され,さらにこの契約者を捜査すると丙女であることが明らかとなった。なお,Pらは,乙方では遺書等を発見できず,押収したけん銃2丁には乙の右手指紋が付着していたものの,乙が死亡した原因を自殺か他殺か特定できなかった上,捜査の必要から,乙死亡についてマスコミ発表をしなかった。また,宅配便の箱に貼付されていた発送伝票の発送者欄には,住所,人名及び電話番号が記載されていたが,捜査の結果,それらはすべて架空のものであることが明らかとなった。
  翌15日午後7時ころ,Pらが乙の携帯電話を持参して丙女方を訪ねると,丙女は,当初は乙を知らないと供述したものの,Pらが乙の携帯電話の電源を入れ,丙女の携帯電話番号の発着信歴が頻繁にあったことを告げると,ようやく,乙と約2年前から交際していたことを認め,乙から,今回警察の捜査に協力していることやそのためにA組の甲からけん銃を譲り受けることを打ち明けられていたなどと供述した。そのような事情聴取を継続中に,突然,乙の携帯電話の着信音が鳴った。Pらは,着信の表示番号が以前に乙から教わっていた甲の携帯電話番号であったので,甲からの電話であると分かり,とっさに,丙女から,電話に出ること及び会話の録音についての同意を得た上で,丙女に電話に出てもらうとともに,乙の携帯電話の録音機能を使用して録音を開始した。すると,甲と思われる男の声で,「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」との話があり,丙女が,乙が死亡してしまったこと,自分は乙の婚約者であることを告げると,甲と思われる男は,「婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」などと強く言ってきた。Pがメモ紙に代金は警察が用意するので待ち合わせ場所を決めるようにと記載して示すと,丙女は,その記載に従って,「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」などと言い,同月17日に甲とF喫茶店で待ち合わせることになった。Pは,電話終了後,乙の携帯電話の録音機能を停止して再生し,丙女と甲と思われる男の会話内容が録音されていることを確認した[録音B]。
  同月17日午後3時ころ,丙女がF喫茶店に赴いたところ,甲が現れたので,Pらは,甲をけん銃2丁の譲渡罪で緊急逮捕した。
  甲は勾留後,否認を続けたが,検察官は,本件けん銃2丁,甲乙間及び甲丙女間の本件けん銃譲渡に関する[録音@],[録音A]及び[録音B]を反訳した捜査報告書【資料】,丙女の供述等を証拠に,同年7月8日,甲をけん銃2丁の譲渡罪で起訴した。
  被告人甲は,第一回公判期日において,「自分は,乙に対してけん銃2丁を譲り渡したことはない。」旨述べた。その後の証拠調べ手続において,検察官は,「甲乙間の本件けん銃譲渡に関する甲乙間及び甲丙女間の会話の存在と内容」を立証趣旨として,前記捜査報告書を証拠調べ請求したところ,弁護人は,不同意とした。
 
〔設問1〕   下線部の[捜査@]から[捜査B]の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕   【事例】中の捜査報告書の証拠能力について,前提となる捜査の適法性を含めて論じなさい。
   
【資料】  
                            

                          捜 査 報 告 書

                                                  平成21年6月18日

○○県□□警察署
司法警察員 警視    P 殿

          ○○県□□警察署
          司法警察員 巡査部長        K 印

    被疑者                       甲
    (本籍,住居,職業,生年月日省略)
  上記の者,平成21年6月17日,銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件の被疑者として緊急逮捕したものであるが,被疑者は,乙及び丙女との間で電話等による会話をしており,その状況を録音したICレコーダー及び携帯電話を本職が再生して反訳したところ,下記のとおり判明したので報告する。
                             記

 
  平成21年6月7日午前11時ころ〜午前11時5分ころ,電話による通話等
  (1)
  「もしもし,乙ですが,この間は申し訳なかったね。」
  「やはり,物必要なんだ。前には金額で折り合わなかったが,やはり物を購入したい。もう一度話し合いたいんだ。」
  「今更何言ってるの。物って何のことよ。」
  「とぼけないでくださいよ。×××のことですよ。」
  「前は,高過ぎるとか,ほんとに良い物なのかとか,うるさかったじゃない。うちのは××××とは違うんだよ。」
  「悪かったね。やはりどうしても欲しいんだ。助けてほしい。」
  「分かった。うちの回転×××の×××は物が良いので,値段が張るのはやむを得ない。よく考えてくれよ。」
  「よく分かったよ。明日1時に前回と同じF喫茶点でどうだい。」
  「分かった。明日会おう。」
   
   
   
   
   
   
   
    ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
  (2)
  「自分は,平成21年6月7日午前11時ころ,E公園において,甲と電話で話したが,甲は自分にけん銃を売ることについての話合いに応じてくれた。明日午後1時ころ,F喫茶店で直接会って更に詳しい話合いをすることになった。」との話が録音されていた。
  同月8日午後1時ころ,F喫茶店における会話等
  (1)
  「お久しぶり。この前は悪かったね。」
  「だから,この間の条件で買っておけばよかったんだよ。うちの条件は前回と同じ,1丁150万円,2丁なら×××××,物がいいんだからびた一文負けられないよ。」
  「分かったよ。それでいいよ。物どうやって受け取るんだい。」
  「うちのやり方は,直接渡したりはしないんだ。そこでパクられたら,所持で逃げようないからね。あんたのマンションへ宅配便で送るよ。りんごの箱に入れて,一緒に送るから。受け取ったら,×××渡してくれよ。場所はまた連絡する。」
乙 「それでいこう。頼むね。」
    ここで,甲乙間の会話が終了し(なお×××部分は聞き取れず),引き続き,乙の声で,
  (2)
  「自分は,平成21年6月8日午後1時ころ,F喫茶店で甲と直接話合いをした。甲が自分にけん銃2丁を300万円で売ってくれることになった。けん銃2丁は宅配便で,りんごと一緒に自分のマンションに配送される。代金300万円は後で連絡を取り合って場所を決め,その時渡すことになった。」との話が録音されていた。
  同月15日午後7時15分ころ〜午後7時20分ころ,電話による通話
   
  「もしもし,甲だ。物届いただろう。約束どおりりんごと一緒に届いただろう。300を早く支払ってくれよ。」
丙女   「私は,乙の婚約者の丙女です。乙は死んでしまいました。」
  「ええ,死んだ。本当かよ。どうして死んだんだ。××か。」
丙女   「分かりません。でも,遺書はありませんし,近くにけん銃が落ちていました。」
  「それはお気の毒だ。でも物は届いたんだろう。それなら,あんたが代わりに300万円払ってくれ。」
丙女   「そんなお金は持っていません。」
  「婚約者なんだろ。婚約者なら乙の代わりに代金300万円を用意して持ってこい。物は約束どおり届いたはずだろう。」
丙女   「分かりました。代金は,乙に代わって私が用意します。待ち合わせ場所を指定してください。」
  「本当に用意できるのか。それじゃあ。明後日の17日午後3時,F喫茶店に金を持ってきてくれ。××には言うなよ。」
丙女   「分かりました。必ず行きます。」
ここで甲丙女間の会話が終了した(なお××部分は聞き取れず)。
 

3 本問の分析

〔設問1〕について
 
本問では,捜査機関の行った領置や押収とそれにより得られた物件の復元行為が適法といえるかどうかが問われています。
  捜査@について,公道上のごみ集積所に置かれたごみ袋を持ち帰ることの適法性が問題となります。この点については,ごみ袋から発見された物の領置の適法性が問題となった最決平20.4.15(刑集62−5−1398)が参考になるでしょう。判例で問題となった事案と異なるのは,ごみ袋の中から発見された複数のメモ片を復元している点です。この点についてどう考えるべきか,現場で判断する事が求められるでしょう。
  捜査Aについても,ごみ集積所に置かれたものを持ち帰ることの適法性が問題となりますが,捜査@と異なるのは,ごみ集積所が公道上のものではなくマンションの敷地内にあるマンション専用のものである点と,持ち帰ったものがメモ片のみである点です。これら捜査@との違いを意識しながら,ごみ集積所が居住部分の建物等とは少し離れた場所の倉庫内にあること,その出入口は施錠されておらず,誰でも出入りすることが可能な場所にあったことなどの事情を適切に評価することが求められるでしょう。

  捜査Bについては,捜索差押許可状に基づき押収した携帯電話の消去されたデータの復元・分析をすることが許されるかが問われています。データの復元・分析が「必要な処分」(222条1項,111条1項)にあたるかどうか検討する必要があるでしょう。この点については,コンピュータのフロッピーディスクやハードディスクを差し押さえることが可能かどうかの議論が参考になります。最高裁は,被疑事実に関する情報がそのディスクに記録されている蓋然性があり,記録されているかどうかを差押えの現場で確認していたのでは記録された情報が損壊される危険がある場合は,ディスクにつき,内容を確認せずに差し押さえることができるとしています(最決平10.5.1刑集52−4−275)。

〔設問2〕について
 
本問では,証拠能力を論ずるについて,伝聞証拠と証拠禁止にあたらないかが問題となるでしょう。後者については,おとり捜査と秘密録音の適否が問題となり得ます。
  前者については,まず本件捜査報告書が伝聞証拠に当たるか非伝聞となるかが問題となります。その場合,要証事実を明らかにする必要があると思われます。
  そして,伝聞証拠にあたるとした場合には,伝聞例外を認めるための根拠条文を指摘することになります。その場合,各供述の発言者の違い等に注意する必要があると思われます。
  また,供述録音を伝聞とみた場合には,捜査報告書作成の過程についても伝聞性が認められることから,再伝聞の問題も生ずることとなるでしょう。

4 的中情報★★★

 まず,素材となっていると思われます最決平20.4.15(平成20年度重要判例解説・刑事訴訟法1事件)については,新司法試験一発合格講座【直前コース】【INPUT最終検証編】基礎最終検証テキスト(刑事訴訟法2)応用問題編で問われています(★★★)。
 また,おとり捜査の適法性については,2010年新司法試験全国公開模試刑事系第2問で正面から問われています(★★★)。また,秘密録音の適法性に関しても,2010スタンダード論文答練(第2クール)刑事系2第2問(柳澤 憲先生御担当)で正面から問われています(★★★)。受講生の方は直前期に基本的な知識を確認でき,本問解答に際しては極めて有利であったものと思われます。
 なお,捜索差押の適法性や伝聞証拠等についても,近時の論文本試験での頻出のテーマであることから,2010スタンダード論文答練(第2クール)刑事系3第2問等,多くの辰已新司法試験論文答練で出題しております。

 
 
 
 ●第1問 憲法
■公開:2010年05月17日

はじめに
 
昨年(平成21年)の論文本試験公法系科目第1問の出題趣旨には,「『憲法』論文式問題は,判例及び学説に関する知識を単に『書き連ね』たような,観念的,定型的,『自動販売機』型の答案を求めるものではなく,『考える』ことを求めている。すなわち,判例及び学説に関する正確な理解と検討に基づいて問題を解くための精緻な判断枠組みを構築し,そして事案の内容に即した個別的・具体的な検討を求めている。」と記載されていたところ,本問の出題における基本方針もこれを踏襲したものと思われます。
 もっとも,昨年の公法系科目第1問は,設問1と設問2で別のテーマを論じさせたり,設問2で人権選択をさせたりと相当難問でしたが,本問は設問形式も概ね一昨年までの形式に戻り,問題となる人権カタログの抽出も昨年よりは簡単になったといえるでしょう。
 また,本問においては,生存権(憲法25条),平等権(憲法14条),選挙権(憲法15条)等が問題となっていますが,生存権と平等権は経済情勢の悪い世相を反映してか学界の話題のテーマであり,近時多くの優れた学術論文のあるところでした(近時の学界の話題については,井上典之・岡田信弘・工藤達朗「学界展望 憲法」公法研究第71号P.236以下,井口秀作・松田 浩「特集学界回顧 憲法」法律時報81巻13号P.6以下参照。)。

問題文について
 
平成22年の公法系科目の問題集は第1問・第2問あわせて13頁で,その内,第1問の問題文の頁数は5頁で(昨年(平成21年)は4頁),問題文本文と【参考資料1】住民基本台帳法(抄録),【参考資料2】生活保護法(抄録),【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(抄録)で構成されています。添付資料等はありません。
  なお,本問の問題文は下記の法務省のホームページに掲載されましたが,問題文本文はさほど長くなく,問題文本文と設問文を見れば概ね本問事案を把握できるものと思われますので,本ホームページ閲覧者の便宜のため,以下に掲載いたします。
・問題文 http://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji08_00008.html(法務省HP)

【問題文本文・設問文】

 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければならない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2項,第42条第1項参照)。また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】。
ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体Aは,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。その2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生活保護受給申請や,雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。
Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。そして,失業が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自律した生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超えるに至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金のあるときはY市内のインターネット・カフェを泊まり歩き,所持金がなくなったときはY市内のビルの軒先で寝た。
201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェルターを住居として住民登録している人のうち,Xを含む60名は当該シェルターでの居住実態がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。
住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院に行くに行けなくなった。
住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追いつめられたXは,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインターネット・カフェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務所長に生活保護の認定申請を行った。
Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイメージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y福祉事務所長は,Xの申請を却下した。Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,XはY市福祉事務所長の却下処分に対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。
Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,それらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。

〔設問1〕
あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の主張を行うか。憲法の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。

〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。

3 本問の分析
〔設問1〕
1 (1)    まず,Y市福祉事務所長の生活保護申請却下処分により,Xは,生活が困窮しているだけでなく,生命や健康さえも脅かされる状況になっていることから,上記申請却下処分は憲法25条の生存権を侵害するものであると主張することが考えられます。
 すなわち,「健康で文化的な最低限度の生活」の文言は客観的意味を有し,権利の内容が明確化されていることから,生存権は具体的な権利であると主張することが考えられます。あるいは,抽象的権利説に立ち,本問においては生活保護法により憲法25条が具体化されているとしたうえで,本件Y市福祉事務所長の却下処分が憲法25条に違反すると主張することも考えられます。
  (2)  次に,Y市以外の自治体のなかには,Xと同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることから,Y市がXに生活保護を認めないことは,他の自治体において生活保護の認定を受けた人とXとの間に生活保護の認定について差別が生じているとして,憲法14条1項に違反すると主張することが考えられます。
     法の下の平等とは,法適用の平等とともに法内容の平等を意味します。また,「平等」とは,各人の性別,能力,年齢など種々の事実的・実質的差異を前提として,同一の事情と条件の下では均等に扱うという相対的平等を意味します。したがって,恣意的な差別は許されませんが,法上取扱いに差異が設けられる事項と事実的・実質的な差異との関係が,社会通念からみて合理的である限り,その取扱い上の違いは平等原則違反となることはないことになります。
     違憲審査基準については,後段列挙事由に関する平等原則違反が争われる場合とそれ以外の事由による平等原則違反が争われる場合とを区別して,前者には厳格審査基準・厳格な合理性の基準を用いるが後者には合理性の基準を用いる見解が有力です。
     Y市の制度運用の根拠が,ホームレスなどが増えることで市のイメージが悪くなることを嫌ったことにあるという点を強調すれば,【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の目的(1条)に反するため正当な目的といえず,合理的な区別ではないと考えることもできます。
 また,仮に目的が正当だとしても,生存権(25条1項)は国民が誰でも人間的な生活を送ることができることを権利として宣言した重要な人権であり,また,生活保護法が生存権を具体化する法律である点を強調すれば,どこの自治体に属しているかによって生活保護を受けることができるか否かが変わることは妥当とはいえないので,立法手段と目的との間に合理性がないと考えることもできます。
2      さらに,選挙権は憲法15条1項で保障されているところ,本件住民登録の抹消に起因する選挙人名簿からの登録抹消により,衆議院議員総選挙の際,Xは投票することができないでいます。そこで,Xの訴訟代理人としては,@本件選挙において選挙権の行使を認められなかった点について違法であることの確認を求める訴え,A次回の選挙において投票することができる地位にあることの確認を求める訴え(公法上の法律関係に関する確認の訴え),BNPOからの国政選挙における「住所」要件の改正の請願があったにもかかわらず,それがなされなかった点について立法不作為を理由とする国家賠償請求等を,提起し得ることとなります。その際,訴訟代理人としてはXの選挙権が侵害されていることを憲法上の主張として行うことができるでしょう。なお,参考にすべき裁判例としては,在外邦人選挙権制限違憲訴訟(最大判平17.9.14),住民票消除の行政処分が問題となった訴訟(大阪地決平19.4.3)等が挙げられるでしょう。
〔設問2〕
1 (1)    まず,生存権侵害について,生存権の法的性質につき,いわゆるプログラム規定説に立ったうえで,Y市の財政上の問題があることを主張して,憲法25条には違反しないとの反論をすることが考えられます。
  (2)    次に,平等原則違反について,生存権が重要な人権であるとしても,その実現には財政上の問題を無視できないうえ財政規模は自治体ごとに異なることから,制度の運用には合理的な行政裁量が認められるとして,自治体ごとに差異が生じても平等原則に違反しないとすることが考えられます。
2      選挙権の侵害についての憲法上の主張に対する被告側の反論として,@に対しては過去の法律関係の確認を求めるものであり,この確認を求めることが現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要な場合とはいえず,確認の利益が認められない,ということが考えられるでしょう。Aに対しては行政の裁量が,Bに対しては国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるべき例外的な場合に当たらない,金銭賠償になじまない,との反論が考えられるでしょう。
3     以上を踏まえて,それぞれの点について各自の見解を説得的に論じる必要があります。

4 的中情報★★★

 生存権と平等権に関しては,2010スタンダード論文答練(第1クール)公法系2第1問(中尾隆宏先生御担当)で正面から出題されています(★★★)。また,08スタンダード論文答練(第1クール)公法系2第1問(中尾隆宏先生御担当)でも正面から出題されており(★★★),当該問題を論文パーフェクト講座2010【実戦応用編】公法系(佐藤剛志先生御担当)の辰已過去問第1問で出題いたしました(★★★)。さらに,新司法試験直前予想早まくり公法系憲法(西口竜司先生御担当)でもTheme1:平等原則,Theme6:生存権として重点的に講義しています(★★★)。これらの答練・講座の受講生の方は解答に際して極めて有利であったものと思われます。

 
 ●第2問 行政法
■公開:2010年05月17日

はじめに
 
昨年(平成21年)の論文本試験公法系科目第2問の出題趣旨には,「問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,建築基準法や関連条例の趣旨を読み解いた上で,採るべき救済手段の訴訟要件等を検討するとともに,本案における違法事由を論じる力を試すものである。」と記載されていたところ,本問は,抗告訴訟ではなく民衆訴訟である住民訴訟が出題され,請求権の放棄という受験生一般に馴染みの薄いテーマが問われるなど,昨年まで比較して出題形式・内容共に大きく変化いたしました。前掲出題趣旨に対応させて言えば,「問題文と資料から基本的な事実関係を把握し,地方自治法の趣旨を読み解いた上で,本案における適法性を具体的に論じる力を試す」ものといえます。
 この点,住民訴訟等のテーマについては,法科大学院で地方自治法を履修していた方には有利であったものと思われますが,法科大学院共通的到達目標(コア・カリキュラム)第二次案(3月29日公開 http://www.congre.co.jp/core-curriculum/)には記載がなく,履修されていた方は少なかったものと思われます。もっとも,本問は事案分析をしっかりすることで一応は解答できるように作成されているようで,「行政法として最も重視しているのは,行政法規は非常に多いので,新規の行政法規にぶつかった時に,決してめげることなく,それを読み解き,目の前にある事実に当てはめて結論を出すということを自力で出来るようになって,法曹界に出て行っていただきたい,そのような能力を見たいということが主眼である」との平成21年新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要の記載に本問出題者の意図があるのかもしれません。

2 問題文について

 平成22年の公法系科目の問題集は第1問・第2問あわせて13頁で,その内,第2問の問題文の頁数は7頁で(昨年(平成21年)は8頁),問題文本文と〔設問1〕から〔設問3〕,および【資料1 検討会議の会議録】【資料2 関係法令】【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例(適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)と違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)を掲載)】で構成されています。また,本問は配点割合が示されており,〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5となっています。
 なお,本問の問題文は下記の法務省のホームページ上に掲載されましたが,本問の問題文本文と【資料1 検討会議の会議録】はさほど長くなく,問題文本文・設問文【資料1 検討会議の会議録】を見れば概ね本問事案を把握できるものと思われますので,本ホームページ閲覧者の便宜のため,以下に掲載いたします。
・問題文 http://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji08_00008.html(法務省HP)

【問題文本文・設問文・【資料1 検討会議の会議録】】

 A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約2400人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続いている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画についても契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,「分譲価格と条件は購入希望者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却した。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,もっとも安い区画で400万円,全区画の売却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。
 ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びCは,本件土地は慎重に時間を掛ければより効果で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に破格の安値で売買した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方法や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張した。しかし,A村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が売却価格と時価の差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるための住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討している住民訴訟に原告として加わろうとしている。
 他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれまで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。
 【資料1 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の質問に答えなさい。
 なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3 議会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。

〔設問1〕
Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これらをBらが適法に提起できるかどうかについて検討しなさい。
〔設問2〕
Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。
〔設問3〕
Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想定して,以下の小問に答えなさい。
(1) 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して考え方が分かれた点を説明しなさい。
(2) その上で,これらの判決の考え方をそれぞれを当てはめた場合,本件で村議会議員が検討している請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自らの意見を述べなさい。
 
【資料1 検討会議の会議録】
総務課長G :わが村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席いただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してください。
職 員 H :村の行った売買に,それとは関係ないBらが裁判を起こすことなんてできないと考えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。
職 員 I :住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわけではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。
職 員 H :BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だといううわさです。
総務課長G それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4号に規定された請求をする意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対して,どういった訴えを起こしてくるか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれについて検討していただけますか。
弁護士F :分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と適法性を記したペーパーを,早速用意したします。
総務課長G :よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却したと考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと思います。
弁護士F :議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。また,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,さし当たり検討の対象から除くことにします。
総務課長G :これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。
職 員 H :入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だと書かれたのですが,一体何が問題なのですか。
職 員 I 職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献しているではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に苦しむところです。
職 員 H :先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始めたのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量で決められると思うのですが。
総務課長G :契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどういった点を違法だと主張してくるのか,また,村の側では,契約締結を適法というためにどのような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括的に検討していただけませんか。
弁護士F :それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこととします。
総務課長G :お願いいたします。それと,先日もお話しましたが,議員の間では,Bらの動きに反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。
職 員 H :ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会で行えば大丈夫だといった意見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会はこうした議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。
職 員 I :議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。
弁護士F ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出された裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。
総務課長G :村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要がありそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。
職 員 H :それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。
職 員 I :私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合に,どういった判断が予想されるのかという点です。
総務課長G :いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員にも説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理していただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先生の御意見をお聞かせいただけませんか。
弁護士F :了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせていただきます。
総務課長G お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日の会議は終了といたします。

3 本問の分析

〔設問1〕について
 まず,Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示すことが要求されています。この点については,【資料1 検討会議の会議録】の総務課長Gの発言から,地方自治法242条の2第1項4号の請求(以下「4号請求」という。)を本事例に即して当てはめていくこととなります。4号請求は,「当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求」であり,換言すると,執行機関又は職員を被告とし,損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを求める義務付け請求であります。本問では,Bらは村長Eに対して3200万円の損害賠償請求を行うことを執行機関たるEに対して求める請求を行う,と予想されることを摘示することとなります。
 次に,Bらが当該住民訴訟を適法に提起できるかどうかを検討します。住民訴訟の出訴権者は,当該地方公共団体の住民であって,住民監査請求をした者に限られます(住民監査請求前置主義)。そこで,B,C,Dが出訴権者に当たるかを本問事例に即して検討することが求められます。特に,Cは住民訴訟提起前にA村から転出している点(大阪高判昭59.1.25参照),Dは自ら住民監査請求を行っていない点で,出訴権者に当たるかどうかが問題となります。なお,本試験短答式試験では,転出した住民(本問のC)の原告適格につきH20-39肢ア,住民監査請求を行っていない住民(本問のD)が原告に加わることが出来るかにつきH21-34肢ウで問われています。
〔設問2〕について
 まず,【資料1 検討会議の会議録】の総務課長Gの発言から,本件の契約が地方自治法96条1項6号及び237条2項に規定された議決を欠くものであるとして違法ではないかが争点となります。地方自治法96条1項は,普通地方公共団体の議会は,「条例で定める場合を除くほか,財産を…適正な対価なくしてこれを譲渡」すること(同項6号)を議決しなければならないとし,地方自治法237条2項は,「第238条の4第1項の規定の適用がある場合を除き,普通地方公共団体の財産は,条例又は議会の議決による場合でなければ,…適正な対価なくしてこれを譲渡し…てはならない」と規定しています。そこで,本問では,本件土地の売却が適正な対価によるものであるかを,売却金額の他諸般の事情を考慮して論じていくこととなります。
 次に,契約が競争入札によって行われるべきところ,随意契約によったのは違法であると主張することが考えられます。契約の締結について地方自治法234条1項は「…一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法による締結するものとする。」とした上で,同条2項において,「指名競争入札,随意契約又はせり売りは,政令で定める場合に該当するときに限り,これによることができる。」と規定しています。そして,この規定を受けて地方自治法施行令(以下「施行令」という。)はそれぞれの契約についての規定を置いています。施行令は,契約の相手方を恣意的に選択することを防止するために,一般競争入札が原則であることを前提として,それに適しない場合に指名競争入札によることとしており(施行令167条),また,随意契約については,それによることができる場合を限定列挙しています(施行令167条の2)。本問において,原告たる住民側は施行令167条の2のそれぞれの規定に該当しないことを,村としては,随意契約によった理由を,本問の具体的事情から主張してゆくことになると考えられます。なお,随意契約によることの判断について,それが首長の裁量に委ねられているとしても,その判断に裁量濫用があれば違法と評価されると考えられます。
〔設問3〕について
 住民訴訟において,原告たる住民側が勝訴した場合,地方公共団体は,首長や職員等に対する賠償請求権や不当利得返還請求権を取得することになります。これに対して,地方公共団体の議会が議決をもって,当該賠償請求権や不当利得返還請求権を放棄するケースが発生しており,本問では議決によって請求権等を放棄できるかを検討することになると考えられます。
 本問の(1)は資料に挙げられた2つの裁判例の考え方を整理することを求めています。まず,東京高裁平成18年7月20日判決(以下,「東京高裁判決」。)は,地方自治法の規定を形式的に当てはめた判決を下しています。すなわち,地方自治法96条1項10号は普通地方公共団体の議決事項として「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること。」と規定していますが,「発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はな」いがゆえに,議会による権利放棄に何ら制約がないとしています。加えて,地方公共団体の議会が住民の代表機関であることに依拠して,請求権等の放棄の可否は,議会の「良識ある合理的判断にゆだねられて」おり,「多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅」するとの見解を示しています。
 他方で,大阪高裁平成21年11月27日判決(以下,「大阪高裁判決」。)は,請求権等を議決によって放棄できるとする点で共通するものの,ケースの具体的事情から放棄について合理的な理由がなく,住民訴訟制度を否定するような形でなされた請求権等の放棄の議決は,議決権の濫用となるとしています。具体的には,@原審において違法な財務会計行為があり,損害賠償請求権が一部認めたが,控訴審の判決言い渡し前に首長が権利放棄に関する条例を提出し,議会も合理的な理由もないまま権利放棄の議決をしたこと,A放棄が当該地方公共団体に与える財政上の影響が極めて大きいこと,B放棄に際して請求を受ける者の資力等の個別・具体的な事情を考慮しなかったこと,から請求権放棄の議決は,「違法な財務会計上の行為を放置し,…その是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,…議決権の濫用に当たり,その効力を有しない」と判示しています。
 (2)では,上記2判決の考え方を本問に当てはめた結果を検討し,自らの見解を述べることになります。東京高裁判決に従った場合,法令上,特段の定めがない限り,請求権等の放棄の可否は住民の代表である議会の合理的判断に委ねられており,多数決によって議決された以上は,請求権等の放棄の議決は適法になしうることになると考えられます。他方,大阪高裁判決に従えば,本問の個別的事情からより詳細に検討してゆくことになります。具体的には,放棄の議決をする際の合理的な理由の可否,A村は厳しい財政事情にあること,そして,Eは財政再建に貢献した功労者であるし,必ずしも裕福ではないこと,といった事情から判断されることになると考えられます。そして,最後に自己の見解を述べる際には,住民訴訟制度の趣旨を適切に把握した上で,放棄の可否について検討することが必要となります。この点,資料で挙げられた大阪高裁判決が「住民訴訟の制度は,執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について,地方公共団体の判断と住民の判断が相反して対立し,当該地方公共団体がその回復の措置を講じない場合(即ち,執行機関,議会がその与えられた職責を十分果たさない場合に生ずるものである。)に,住民がこれに代わって提訴して,自らの手により違法の防止又は回復を図ることを目的とするものであり,違法な財務会計上の行為又は怠る事実について,最終的には裁判所の判断に委ねて判断の客観性と措置の実効性を確保しようとするものである」と判示した点が参考となると思われます。


参考文献
・阿部泰隆「地方議会による地方公共団体の賠償請求権の放棄は首長のウルトラCか(上)(下)」自治研究85(8)3頁以下,85(9)3頁以下(2009)
・同「地方議会による地方公共団体の権利放棄議決再論―学説の検討と立法提案」自治研究85(11)3頁以下(2009)
・同「地方議会による地方公共団体の権利放棄議決に関するその後の判例等」自治研究86(3)23頁以下(2010)

4 的中情報★★★

 本問のテーマである住民訴訟や請求権の放棄については,スタンダード論文答練・新司法試験全国公開模試等では直接出題されていませんが,これらの論文答練の出題に際しましては,受験生にとって比較的初見である事例を出題するなど,平成21年新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリングの概要等に沿った出題を心掛けました。

 
 
 
 ●選択科目 倒産法
■公開:2010年05月31日

はじめに

 倒産法では,例年通り事例問題・2問の出題となりました。内容的に,破産法・民事再生法が分離独立して問われている点,形式的な小問数は〔第1問〕3問,〔第2問〕2問である点,過去の傾向に沿った出題であったといえそうです。
  また,基本的な事項について問う問題でありながら,典型事例と事案が異なる場合にいかに処理すべきか,現場における柔軟な思考能力が試されている点でも例年と同様であると考えられます。しかし,設問中に民事再生法と破産法の規律の相違を踏まえた論述をすることが明示されている点は本年の特徴となっております(なお,平成19年第2問参照)。これまでも多くの受験生が意識して学習してきたことであると思われますが,今後より意識した学習をすることが望まれます。
  いずれにせよ,倒産法制度及び判例の正確な理解を通して,具体的事例問題を適切に処理することが求められることは今後も変わらないであろうと考えられます。

<第1問について>
1 設問1(1)について
  本小問は,本件代物弁済について,まず,破産法162条1項2号での否認を検討し,「破産者の義務に属しない…もの」にあたるとして同号で否認できると考えられます。一方,本件代物弁済の価額が不相当であるとして,破産法160条2項での否認を検討することも考えられるでしょう。この場合,特に同項の主観的要件等について検討することになります。
 
2 設問1(2)について
 本小問では,本件トラックについて登録がA社に残ったままです。そこで,1(1)と異なり,本件代物弁済の効力を検討した上で,B社が本件トラックの所有権を移転させた行為を無償行為として160条3項で否認できるかについて検討することが求められていると考えられます。
 
3 設問2について
 本小問は,本件貸付債権の残額の回収方法について問われています。
  まず,本件貸付債権の破産手続の中での行使方法として,不足額責任主義(破産法108条)について論じる必要があります。
  次に,本件抵当権の行使として,競売の手続によること(民事執行法181条以下)について論じることが求められています。
  また,A社はC社に本件建物を賃料30万円で賃貸しています。そこで,B社は,A社がC社に対して有する賃料債権について物上代位できるかについて検討する必要があると考えられます。この点,物上代位については,破産管財人Kの立場を考慮しつつ検討することが求められていると考えられます。破産管財人であるKが第三者にあたると考えた時に,B社が破産手続開始前に債権を差し押さえていない限り,物上代位の効力をKに主張しえないとする消極説と,破産手続後でも差押を行って物上代位を主張しうるとする積極説,どちらかの立場に立って論じることが求められていると考えられます。
 
4 的中情報
 設問2で問われた破産管財人の第三者性については,2009スタンダード論文答練(倒産法2・第2問)で出題されています。
<第2問について>
1 設問1について
  本小問は,倒産解除特約の有効性について論じることが求められていると考えられます。倒産解除特約の効力については,解除事由,潜脱が問題となりうる倒産法の規律対象等の諸点を考慮して判断することになります。本件では,本件契約が継続的供給契約であることから,再生債務者が有する解除権についての選択権を奪うことが再生法49条1項の潜脱にならないかについて,検討することになると思われます。
 
2 設問2について
 本小問は,甲手形,乙手形について相殺禁止とその例外について論じることが求められています。
  まず,甲手形については,手形取立金の返還債務は再生手続開始申立後に発生しており,民事再生法93条1項4号によって相殺が禁止されることになりそうです。しかし,この債務は取立委任契約により発生し,取立委任契約は銀行取引約定に基づく ものです。そこで,銀行取引約定に基づく取立委任契約が民事再生法93条2項2号の「前に生じた原因」にあたるかについて検討する必要があります。その際は,最判昭和63年10月18日(百選4版58事件)についての理解を示しつつ検討することが求められていると考えられます。
  次に,乙手形については,手形取立金の返還債務は再生手続開始決定後に発生しているので,民事再生法93条1項1号によって相殺が禁止されます。この点,破産法については,67条2項後段の適用によって,71条1項1号の規定を排除できないかを検討することになります。その際は,最判平成17年1月17日(百選4版57事件)についての理解を示しつつ検討することが必要であると考えられます。
  一方,民事再生法には,破産法67条2項後段にあたる規定が存在しません。そこで,再生手続においては破産手続とは異なり,民事再生法93条1項1号による相殺の禁止は貫かれるべきか,破産法67条2項後段の趣旨である相殺の合理的期待を再生手続にも及ぼすべきかについて論じることが求められていると考えられます。この点,前掲した百選の解説にあるように再生手続には判例の射程は及ばないと考えることもできます。また,試験委員である中西正先生がNBL804号8頁以下で述べておられるような考えに立って,合理的な相殺期待を基礎付ける停止条件付き債権・債務が手続開始時に対立している場合の相殺期待は再生手続でも保護されると考えて相殺を認めることも可能であると考えられます。
 
3 的中情報
  設問1で問われた倒産解除特約の有効性については,2010全国公開模試(倒産法・第2問)で出題されています。
  また,設問2の相殺権に関する民事再生法と破産法の規律の違いについて,2010スタンダード論文答練(倒産法2・第2問)で問われております。さらに,相殺の合理的期待について検討する問題も2010スタンダード論文答練(倒産法2・第2問)で出題されています。
 
 ●選択科目 租税法
■公開:2010年05月31日
<第1問について>
1 はじめに
  本問は,法科大学院の租税法の講義で学習する著名な論点について,各事例における具体的な処理や課税のあり方を問うことを通して,所得税法及び法人税法の基本的な理解と応用力を問う問題です。租税法の典型的な条文及び論点については,その文言や判旨を丸暗記するだけでなく,実務の具体的な運用を意識して,課税関係全体を見渡して理解していることが求められているものと思われます。本問では,必要経費についての全体的な理解が問われています。
  
2 設問1について
  本設問では,所得税法56条に関連して,所得税法全体の理解が問われています。
  小問(1)では,Cが支払いを受けた調理師専門学校の授業料相当額の学資金名目の金員が,所得税法56条における「対価」に当たるかに関連して,Cの所得,とりわけ給与所得(所得税法28条1項)となるかを論じることになるでしょう。その際には,給与所得の意義を述べて,本件金員が事業に直接必要な研修費として給与となるかなどについて,CがAの子であること,Cは,Aの飲食店で将来調理師として働くために,Aの飲食店の開店時間はずっと調理の手伝いをしていたことなどの具体的事実を拾ったうえで,判断することが必要になるでしょう。そして,「対価」に当たると判断した場合には,所得税法57条の青色事業専従者控除の適否についても論じる必要があります。所得税法57条の適用が認められると,Cの「対価」は,給与所得として課税されることになるでしょう。
  小問(2)では,Aと生計を一にする配偶者BがAとは別の事業を営むことを理由に,所得税法56条の適用を否定することができるか否かを論じることになります。その際には,所得税法56条の趣旨及びその文言に照らして解釈する必要があります。この点については,所得税法56条の適用を肯定した最判平成16年11月2日(租税判例百選〔第4版〕27事件)を参考にすることが求められているでしょう。そして,判例の立場に立って所得税法56条の適用を肯定した場合には,本小問においては所得税法57条の青色事業専従者控除が認められないことについて軽く触れたうえで,所得税法56条によった取扱いをすることになるでしょう。
 
3 設問2について
  本設問では,所得税法と法人税法の違いに留意しつつ,Aが受けた損失についての課税上の取扱いが問われています。
  小問(1)では,所得税法37条1項には,損失を必要経費に算入する旨の一般規定がないことに留意しつつ,不可避的に生ずる損失として必要経費に当たるとするか,投下資本の回収ではないが担税力を減少させるとして各条項に規定されている損失に当たるとするかなどを論じることになるでしょう。必要経費に算入されないとすれば,雑損控除(所得税法72条)の対象になると思われます。いずれにしても,正確な条文操作をすることが求められています。
  小問(2)では,法人税法22条3項により,損金の額には,原則として,すべての原価・費用及び損失の額が含まれる一方で,法人税法34条1項により,役員甲による売上金の横領が,法人が役員に対して支給する給与と認定されれば,原則として,損金の額に算入することが認められないため,役員甲による売上金の横領をどのように評価するかを論じることになるでしょう。この点については,横領金の源泉徴収義務について結論が分かれた裁判例である,京都地判平成14年9月20日(第一審)及び大阪高判平成16年10月29日(控訴審)が参考になり得ます。論述の一例としては,償却費以外の費用は,債務の確定をまってはじめて損金に計上することができることから(法人税法22条3項2号括弧内),横領による損失はそれが発生した年度の損金に計上すべきであると論ずる一方で,被害を受けた法人は,甲に対する損害賠償請求権を取得することから,これを同時に益金に計上すべきであると論じることができるでしょう。最判昭和43年10月17日は,おそらくこの見解と思われます。この立場に立つと,法人の損失の発生は,所得金額及び税額に影響しないことになります。
<第2問について>
1 はじめに
  本問は,租税実務上極めて重要な制度についての基本的な理解及び具体的な当てはめを問う問題です。典型的な論点の理解にとどまらず,実務を意識したうえで,課税手続全体の概要を把握していることが求められているものと思われます。
     
2 設問1について
 本設問は,青色申告の趣旨と概要を簡潔に説明する問題です。趣旨としては,申告納税制度の定着を図るための制度であること,概要としては,帳簿書類を基礎とした正確な申告を奨励する意味で,一定の帳簿書類を備え付けている者に限って青色の申告書を用いて申告することを認め,かつ,青色申告には通常の申告には認められない各種の特典(所得税法155条など)が与えられること,青色申告をするためには,納税者の申告に基づき,所轄税務署長によって承認されなければならないこと(所得税法144条),青色申告をできる所得類型は,不動産所得,事業所得または山林所得に限られていること(所得税法143条)などを説明するとよいでしょう。
 
3 設問2について
  本設問は,青色申告の承認の取消事由を規定する所得税法150条1項を挙げた上で,Xが同条項各号に該当するかを論じる問題です。その際には,XがAによる帳簿書類の提示の求めに複数回応じなかった一連の具体的な事実を拾い,評価を加えて検討するとよいでしょう。本設問に関して,有力な学説は,青色申告の承認を受けている者が帳簿書類の調査に応じない場合には,所得税法150条1項1号の取消事由に当たると解しています。
 
4 設問3について
  本設問は,推計課税が認められている実質的な根拠と推計課税が認められる要件を簡潔に説明する問題です。実質的な根拠としては,直接資料が入手できないことを理由に課税を放棄することは,納税者の公平負担の点から適当ではないことが挙げられるでしょう(東京高判平成6年3月30日(租税判例百選〔第4版〕101事件)参照)。
  推計課税が認められる要件としては,申告納税が原則であり,また実額課税が理想であるから,推計の必要性が認められる場合に限り許されることを論じたうえで,要件を定立するとよいでしょう。有力な学説は,@納税義務者が帳簿書類等を備え付けておらず,収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合,A帳簿書類等を備え付けてはいるが,その内容が不正確で信用性に乏しい場合,B納税義務者等が調査に協力しないため,直接資料が入手できない場合という3つの場合にのみ,推計課税は認められると解しています。
 
5 設問4について
  本設問では,設問3で自らが定立した要件に,具体的事実を当てはめる問題です。その際には,Xの帳簿書類等の内容が不正確で信頼性に乏しいといえるか,XがAの調査に協力しないため,直接資料が入手できないといえるかなどについて,Aによる臨場調査が行われたこと,XがAからの度重なる帳簿書類の提示の求めに応じなかったことなどの具体的な事実を拾い,評価を加えて検討するとよいでしょう。
  そして,要件を満たすとした場合には,推計課税の方法の合理性についても論じる必要があります。この点については,有力な学説が,推計の合理性の判断にあたっては,同業者率又は同業者単位額を算出する場合に,どの範囲の同業者を選定すべきか,選定同業者はどの程度の類似性を備えていればよいかなどが問題になると指摘していることが参考になると思われます。
 
 ●選択科目 経済法
■公開:2010年05月31日
<はじめに>
  経済法は,平成20年以降は第2問が不公正な取引方法がらみの問題,第1問がそれ以外の問題という出題になっていましたが,本年は逆に第1問が不公正な取引方法がらみの問題,第2問がそれ以外の問題という出題になりました。もっとも,独占禁止法の基本的な概念を正確に理解した上で,条文を的確に選び出し,個々の事案に即した具体的な論述を行うことが求められるという点については従来と変わらないと考えられます。
 
<第1問について>
 
本問では,A社は,A・E登録者に対し,@今後A及びE社の双方に登録することは認めない旨申し入れ,A仮にA社に登録しているにもかかわらずE社のアクセサリーサイトに出品した場合は,以後当該デザイナーのアクセサリーの商品情報等をサイトαに掲載しないこと,とする対策を考えており,これが独占禁止法に違反しないかが問われています。
  対策@においては,拘束条件付取引(独占禁止法2条9項6号ニ・一般指定12項)に該当し,対策Aにおいては,単独直接取引拒絶(独占禁止法2条9項6号イ・一般指定2項前段)に該当し,不公正な取引方法として独占禁止法19条に違反しないかが問われていると考えられます。
  また,対策@及びAを一体として考えると,A社が,A・E登録者をしてE社との取引を拒絶させているとして,単独間接取引拒絶(独占禁止法2条9項6号イ・一般指定2項後段)に該当し,独占禁止法19条に違反しないかが問題になると考えられます。
 
1 一般指定12項について
  まず,A社にとって,A・E登録者が,取引をする「相手方」といえるかが問題になると考えられます。この点,本件アクセサリーの売買契約はデザイナーと購入者間で成立しますが,A社はサイトαを運営し,商品情報等の掲載,売筋情報の提供を行い,デザイナーと購入者間の売買契約の取り次ぎを行っています。 これらの点を考慮して「相手方」といえるか検討することになるでしょう。
  次に相手方の事業活動を「拘束する」といえるか問題になります。A社は申し入れを行うにすぎませんが,従わない場合には商品情報等をサイトαに掲載しないこととされています。A社のシェア,出品先としての重要性,及び売筋情報の重要性等を考慮して,その実効性が確保されており,「拘束する」といえるかを検討することになるでしょう。
  さらに,「不当に」といえるか,公正競争阻害性が問題となります。本問ではE社を排除する効果を有することから,排除による自由競争減殺効果が問題になると考えられます。本件では,A社が考えているように自社が提供した売筋情報をE登録者に無償で使用させないためというただ乗り防止効果(競争促進効果)があります。他方,A社のシェア,出品先としての重要性,及びデザイナーの数はセンスや技術の点から限られているという現状からすれば,対策@によりデザイナーはA・E双方には登録できなくなる結果,Eに登録するデザイナーは減少するおそれがあり,Eの事業活動を困難にするという競争制限効果もあります。これらの要素を比較考量して公正競争阻害性の有無を判断することになるでしょう。
 
2 一般指定2項前段について
  A社が,A・E登録者の商品情報等をサイトαに掲載しないことはA社のシェアなどから「取引を拒絶」にあたり一般指定2項前段の行為要件に該当するといえるでしょう。
  次に「不当に」といえるか,公正競争阻害性が問題になります。この点,対策Aは対策@の実効性確保のために行われているので独占禁止法上違法な目的達成のための手段といえ,対策@が一般指定12項に違反するのであれば,公正競争阻害性が認められることになるでしょう。
 
3 一般指定2項後段について
  A社が対策@Aを採ることで,前述のようにA・E登録者は今後E社に登録しないようになると思われるので,A社が,A・E登録者をしてE社との取引を拒絶させるとして,単独間接取引拒絶の行為要件に該当するといえるでしょう。
  次に,「不当に」といえるか,公正競争阻害性が問題になります。本問ではE社を排除する効果を有することから,排除による自由競争減殺効果が問題になると考えられます。この点,A社はシェア・出品先の重要性等から有力な事業者であり,デザイナーの数がセンスや技術の点から限られている現状等からすれば,拒絶されたE社の取引の機会が減少し,他に代わり得る取引先を容易に見出すことができなくなるおそれがあるとして公正競争阻害性が認められることになるといえるでしょう。
 
<第2問について>
1 設問1について
 本問では,Y市の下水道管更生工事の指名競争入札において行われた談合行為が,独占禁止法に違反するかが問われています。談合は,いわゆるハードコアカルテルの典型であり,「不当な取引制限」(2条6項)として3条後段に違反しないかを検討することになるでしょう。
 
(1) 平成21年2月1日の会合について
  E・Fは,AないしDと異なり乙工法を施工できないので,E・Fも「他の事業者」といえるか問題になると考えられます。この点,本件指名競争入札においては甲工法又は乙工法のいずれを採用してもよく,平成21年1月20日の時点でE・Fは近い将来乙工法の技術を取得できる見込みであるという事情があります。これらの点を競争関係にある「他の事業者」といえるか論じることになるでしょう(経済法百選25事件参照)。
  また,E・Fは会合に参加していないので,「共同して」といえるか,黙示の意思の連絡の有無が問題になると考えられます。この点,rがE・Fの担当者に参加を呼びかけなかった理由,及びE・Fの協力態度,意図等を考慮して,黙示の意思の連絡の有無を論じることになるでしょう(経済法百選21事件,独占禁止法百選6版19事件)。
  効果要件の検討では,まず「一定の取引分野」について,乙工法は甲工法に比べて約20%費用を節約できますが,Y市では工法にこだわらず,市内業者の中から指名競争入札の方法によって契約者を決定しています。これらの点を考慮して,甲工法・乙工法全体としてY市内の下水道管更生工事分野を「一定の取引分野」として画定できるか検討することになるでしょう。
  また,「競争を実質的に制限」するかについては,談合がハードコアカルテルであることを考慮して,談合行為が実効性をもって成立しているかどうかを検討し,実際の落札数,下請の数などから市場支配力の形成・維持・強化の有無を認定していくことになるでしょう(金井他2版補正版61頁参照)。
 
(2) 平成21年3月5日の会合について
  Aは平成21年3月1日から1年6か月の間,Y市から指名停止とされているので,本件入札に参加できないことになっています。そこで,Aも「他の事業者」といえるのか,実質的競争関係の有無が問題になると考えられます。
  この点,AはBないしDの受注する工事の半分について下請に回ること,及びその利益の50%を受け取るようになっていること,Aが2月1日の談合の時点で主導的役割を果たしていたこと,Aがいなければ個別調整が進まなかったこと等を考慮して,実質的競争関係の有無を認定することになるでしょう(経済法百選20事件,独占禁止法百選6版17事件)。
 
2 設問2について
  本問では,受注調整が行われなかったとしても,基本合意のみで「不当な取引制限」(2条6項)に該当し,3条後段に違反するかが問われていると考えられます。
  この点,不当な取引制限の成立時期について,合意時説,実施時説,着手時説があり,合意時説をとった場合には不当な取引制限が成立すると考えられます。
 
3 的中情報
  不当な取引制限(2条6項)の要件(「他の事業者」,「共同して」,「相互拘束」等)を問う問題については,2009全国公開模試(経済法・第1問),2009スタンダード論文答練(経済法2・第2問)で出題しております。
 
 ●選択科目 知的財産法
■公開:2010年05月31日

<はじめに>
  今年の知的財産法は,例年と同じく,第1問が特許法,第2問が著作権法からの出題でした。いずれも条文・判例の基本的な知識・理解に加えて,現場思考力が試される問題であったと思われます。また,昨年のような主張反論型などの特徴的な出題形式はなく,オーソドックスな形式での出題であったといえます。
 
<第1問(特許法)について>
1 全体について
  第1問では,@甲及び乙がα発明について特許権を共有している事情,A丙・丁が製造販売をした製品は本件特許の構成要件の一部を充足していないが,α発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏する事情があることから,特許権の共有・均等侵害の成否・無効理由の存否等が問題となると思われます。
 
2 設問1・2について
  設問1・2では,いずれも特許権者甲の丙又は丁に対する差止請求の可否が問われました。そこで,本問の対象製品であるイ号製品・ロ号製品については,上記Aの事情があることから,均等侵害の有無が問題となると思われます。なお,均等侵害の5要件については,最判平10.2.24(ボールスプライン事件・特許百選73事件)が大いに参考になるでしょう。
  まず,設問1についてみると,イ号製品の「a,b´及びcの構成」について,本件特許の出願時点(2005年2月3日)では,公知技術と同一ではなく,当業者が容易に想到できたものでもなかった事情があります。従って,均等侵害の5要件のうち,いわゆる第4要件(新規性・進歩性)を具備しているか否かについて,均等侵害が認められる趣旨や当該要件が要求される理由等を考慮しながら検討すべきであると思われます。その際,均等論の適用が可能であるとして,いわゆる準公知ないし先願範囲の拡大の規定により無効理由を有しているかどうか,つまり,本件特許発明が先願発明と同一発明についてしか適用されない準公知等の無効理由に該当するかどうかを検討すべきことになると考えられます。
  次に,設問2についてみると,α発明の「構成要件Cをc´に置き換えること」については,丙がイ号製品の製造販売を開始した時点(2008年8月20日)では,当業者が容易に想到することができないものであったという事情があります。しかし,ロ号製品を解析することができた丁が実施した時点では,容易想到性が認められたともいえることとなりますから,均等侵害の5要件のうち,いわゆる第3要件(容易想到性)を具備しているか否かについて,均等侵害が認められる趣旨や当該要件が要求される理由等を考慮しながら検討すべきであると思われます。
 
3 設問3について
  設問3でも,甲の乙に対する差止請求の可否が問われました。そして,前段と後段では,甲乙間でα発明の実施についての合意の有無の点で差異があります。そこで,甲乙間には上記@の事情があることから,特許権の共有者間における権利行使について問題となります。前段では,共有特許権者は,特約がなければ各自実施できることとなっており,丁の製造行為が共有特許権者の一人乙の下請けとしての実施である場合には,乙の実施行為として,甲の特許権侵害とはならないことを述べれば足りると思われます(判例)。後段では,上記特約がある場合ですので丁の行為は甲の特許権の侵害となるものと解されます。いずれも,特許法73条が「共有に係る特許権」に関して規定していますので,この条文を使って検討することになると思われます。
 
4 的中情報
  「2010新司法試験・直前早まくり 知的財産法」で扱いました,特許法の「Theme2:均衡論」内容は,本年の問題の解答に当たって,大いに参考になったものと思われます。
 
<第2問(著作権法)について>
1 全体について
  第2問では,プログラムの著作物をめぐる出題がされました。著作権法では,プログラムの著作物について,特別規定を設けていることも少なくないことから,そういった条文の正確な操作・解釈及びあてはめの能力を試すものであると思われます。
 
2 設問1について
  Aとしては,Bがαプログラムを改変しβプログラムを作成していることについて,著作権侵害を主張して,β製品の製造販売の差止等を請求することが考えられます。
  本問では,@αプログラムはAの従業員Cによって作成されていること,Aαプログラムについてのすべての著作権はBが有するとの契約が締結されていること,という事情がありますから,法人著作・著作権譲渡契約の範囲が問題となると思われます。
  @については,本問はプログラムの著作物が問題となるので,15条2項の適用の有無について検討することになるでしょう。「Bの著作者名が表示されていた」とされていますから,公表名義の要件が不要であることがポイントとなります。また,Aについては,確かに,本件契約によって著作権はBにすべて帰属し,Aには著作者人格権しか残らないとも思われます。しかし,本件契約において,翻案権(27条⇒27条だけでは販売が含まれていません)と二次的著作物利用権(28条)を譲渡することについては何ら特掲されてはおらず,契約中に「すべての著作権をBが有する」と定められているだけでは不十分とされていますから,αプログラムに関する翻案権と二次的著作物利用権はAに留保されていると推定されることになるでしょう(61条2項)。そうすると,Aとしては,Bに対して翻案権と二次的著作物利用権の侵害を理由として上記請求をすることになります。Bは,αプログラムの複製物の正当な所有者ですが,販売目的の場合には著47条の3の適用はないものと解されます。
  また,Aは,同一性保持権の侵害を理由として上記請求をすることになります。この点については,「α製品の機能向上のための改変」が,20条2項3号の「より効果的に利用し得るようにするために必要な改変」に当たるかも検討すべきであると思われます。
  さらに,αプログラムの著作者名としてBを表示することにAの同意があっても,それを改変したβプログラムについてまで同意があったといえるかも検討すべきであると考えられます。
  
3 設問2について
  Fによるβ製品の使用は,αプログラムの著作権を直接的に侵害するものではありません。著作権の支分権には使用権がないからです。そこで,Aは,Fに対して差止請求をするにあたり,プログラムの著作物に関するみなし侵害(113条2項)を主張することが考えられます。
  ここでは,「情を知つていた」といえるか否かについて,FがBの子会社である事情等を考慮しながら検討することになるでしょう。この「情を知つていた」の解釈については,東京地判平7.10.30(システムサイエンス事件・著作権百選109事件)が参考になると思われます。
 
4 設問3について
  Bとしては,Dがα製品を賃貸する営業を行っていることが貸与権(26条の3)を侵害するとして,その差止等を請求することが考えられます。もっとも,Dはα製品をBから購入した上で賃貸していることから,貸与権が消尽するかが問題となると思われます。
  映画については頒布権の消尽が問題となり,頒布権に含まれる譲渡をする権利と貸与をする権利のいずれが消尽するか問題となります。しかし,消尽論は,正当な権利者等が適法に作製し適法に譲渡した著作物の複製物の譲渡を受けた者が,さらに譲渡をする行為には,譲渡権は及ばないとするだけの理論であり,譲渡権以外の権利について適用されることはないと考えられます。
  したがって,ここでは,貸与権に消尽理論が適用されることはないことを説明すれば充分でしょう。
 
5 的中情報
  「2010新司法試験・直前早まくり 知的財産法」で扱いました,著作権法の「Theme7:頒布権の消尽」,「Theme11:プログラム著作権」の内容は,本年の問題の解答に当たって,大いに参考になったものと思われます。

 
 ●選択科目 労働法
■公開:2010年05月31日
<はじめに>
  昨年(平成21年)の論文本試験労働法の「平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見」には,「第1問,第2問とも,労働法における基本的な事項を扱った問題であり,法令及び判例に関する正確な知識・理解を前提として,具体的事例から結論を導くために必要な論点を抽出し,法律要件に照らして事実を確定した上,ルールに当てはめて適切・妥当な結論を導くという,法律実務家として求められる基礎的な能力を試そうとするものである」と記載されているところ,本問の出題における基本方針もこれを踏襲したものと思われます。
  第1問の設問(1)では,事業譲渡における雇用承継に関する合意の有無,不当労働行為(不利益取扱い,支配介入)の成否が主なテーマとなっており,設問(2)では,整理解雇法理についての基本的な理解が問われています。
  第2問では,不当労働行為(団交拒否,支配介入)の成否が主なテーマとなっており,これらと関連して中立保持義務,誠実団交義務,チェック・オフの法的性質,組合規約の脱退承認条項の効力等についての基本的な理解が問われています。
 
<第1問について>
1 X1について(菅野和夫『労働法』(第9版)P.670,678)
(1) X1は,B社に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに賃金支払および損害賠償を求めたいと考えていることから,まず,(A社からB社に対する本件工場の)事業譲渡における,A社従業員との労働契約のB社に対する承継の有無が問題となります。この点,事業譲渡における雇用の承継については,包括承継ではなく特定承継であると解するのが通説であり,この立場に立つことを前提に考えれば,実際には譲渡会社であるA社・譲受会社であるB社・労働者X1の間で雇用の承継に関する合意があったかどうかの問題となります。
  具体的には,A社およびB社が締結した事業譲渡契約の契約書には,A社工場部門の従業員の労働契約関係の処理に関する条項がありませんので,覚書にB社はA社工場部門の従業員を引き受けるよう努力する旨の規定があること,平成21年1月になされたA社およびB社による説明内容,X1以外の労働者も含めた全体の労働契約の承継の状況から,雇用承継に関する黙示の合意が存在したと評価できるかを判断することとなります。
 
(2) X1はC組合の委員長を務めていたところ,X1を不採用としたB社の決定が不当労働行為(労働組合法7条1号,3号)を構成するか否かが問題となります。
 
ア 第一に,事業譲渡における譲受会社たるB社は,労働契約関係が成立する以前の段階にあるため,不当労働行為制度における使用者(労組法7条)に該当するか否かが問題となります。この点,近い将来における労働契約関係の現実的具体的な可能性が存在する場合は,「労働契約に隣接する関係」にあるとして,同制度における使用者性が認められるものと考えられます。
 
イ 第二に,本件のような採用拒否が,不利益取扱いの不当労働行為に該当するか否かが問題となります。
  この点,多数説は採用拒否も不利益取扱いとなるとするのに対し,最高裁(JR北海道・JR貨物事件 最判平15.12.22民集57巻11号2335頁参照)は,「雇入れの拒否は,それが従前の雇用契約関係における不利益な取扱いにほかならないとして不当労働行為の成立を肯定することができる場合に当たるなどの特段の事情がない限り,労働組合法7条1号本文にいう不利益な取扱いに当たらない」と判示しているので,この点を検討する必要があります。(菅野前掲書P.678)
 
ウ 本件に労組法7条の適用可能性が認められる場合,次にB社に不当労働行為意思があったといえるか問題となります。
  検討すべき事情は,不採用になった5人全てがC組合の組合員というわけではないこと,外部からの応募者も5人不採用になっていること,採用申込みをしたX1ら45名のA社工場部門退職者のうちC組合の組合員は14人でありそのなかの3人が不採用になっている一方で組合員でない31人のなか不採用は2人にとどまっていること,X1がC組合の委員長であること等でしょう。
 
エ 以上について,不当労働行為が成立する場合,B社による採用拒否は不当労働行為にあたり無効となるとともに,同行為が不法行為に当たるとして損害賠償請求をすることが可能であると考えられます(菅野前掲書P.699,701)。
 
2 X2について
(1) 本件事業譲渡が包括承継であると解される場合,A社とX2との間の雇用関係はB社に移転していることになるので,X2はA社に対して労働契約上の地位を主張することができないことになります。もっとも,1(1)で述べたように,事業譲渡における雇用の承継については,包括承継ではなく特定承継であると解するのが通説であり,この立場に立つことを前提に考えれば,X2は,B社に対する雇用の承継を拒否することができ,本件事業譲渡後もA社との間に雇用契約が存続することになります。
 
(2) そこで,X2は「工場部門の廃止を理由として」解雇されているところ, かかる解雇は使用者が経営上の理由により人員削減手段として行う整理解雇にあたると考えられます。
  そこで,いわゆる整理解雇法理(@人員削減の必要性,A解雇回避努力,B人選 の合理性,C手続の妥当性)の適用を検討する必要があります(菅野前掲書P.489)。
 
(3) 本件では,特にA解雇回避努力,B人選の合理性,C手続の妥当性が問題となる でしょう。Aに関連して,X2とA社との間の労働契約が,職種及び勤務場所を限定する内容の労働契約であったか否かについても問題となりえます。
 
3 的中情報
  整理解雇法理については,2009スタンダード論文答練(労働法1・第1問)で出題されています。
 
<第2問について>
1 設問1について
(1) X1組合は労働委員会に対し,Y社に対し戒告処分の撤回命令,誠実交渉命令,支配介入行為の禁止命令・ポストノーティス命令を発することを求めることができると考えられます(菅野和夫『労働法』(第9版)P.756参照)。控除した組合費相当額をX1へ支払うよう命じることを求めることも考えられますが,判例はこれについて,当該組合員が加入する組合ではなく組合員本人に返還すべきものと解しています(ネスレ日本事件 最判平7.2.23民集49巻2号281頁参照)。
  また,裁判所に対し,Y社に対し不法行為に基づく損害賠償請求(菅野前掲書P.698),団体交渉を求める地位の確認請求(菅野前掲書P.584)を求めることができると考えられます。
 
(2) X2は,裁判所に対しA組合との間のチェック・オフの差止及び控除された賃金の支払請求を求めることができると考えられます。
 
2 設問2について
(1) Y社がX1組合とのチェック・オフ協定を更新しないとした点について
  このチェック・オフ協定更新拒絶が,支配介入の不当労働行為(労働組合法7条3号)に当たるか問題となります。
  Y社は,更新拒絶につき,@X1組合の組合員数が全従業員の過半数を大幅に下回ったこと,A平成20年度のX1組合とのチェック・オフ協定の期間が満了すること,という2つの理由を挙げているのでそれぞれにつきその妥当性を検討する必要があります。
  @については,使用者が負う,複数の労働組合に対し当該労使関係の具体的状況に応じて中立的な態度をとる中立保持義務との関係を検討する必要があるでしょう(菅野前掲書P.579,696,日産自動車事件 最判昭60.4.23民集39巻3号730頁参照)。Aについては,10年間にわたってチェック・オフ協定を更新していたこと,更新拒絶がY社とX1組合との間の対立が鮮明になった状況下でなされたこと等を検討する必要があるでしょう。
 
(2) 平成21年3月15日の団体交渉の際,通知済みの理由を繰り返し説明しただけで,その後の団体交渉を拒否している点について
  使用者は,労働組合の団体交渉の申入れに対し単に交渉のテーブルに着くだけは足りず,合意達成の可能性を模索して誠実に交渉する義務(誠実団交義務,カール・ツアイス事件 東京地判平元.9.22労判548号64頁参照)を負い,かかる義務に違反する場合は実質的な団交拒否(労働組合法7条2号)として不当労働行為が成立すると考えられます(菅野前掲書P.681)。
  そこで,Y社の行為がこの誠実団交義務に反するか検討する必要があります。
 
(3) Y社が,X2の賃金から控除した組合費相当分をA組合に交付し続けた点について
  ア まず,Y社は,X2の賃金から控除する組合費相当分の交付先をA組合からX1組合へ変更するよう要求されているところ,これにより変更義務を負うかが問題となります。チェック・オフの法的性質を踏まえた上で,チェック・オフの中止について組合を有効に脱退していることが要求されるかが問題となるでしょう。この点,最高裁は「チェック・オフ開始後においても,組合員は使用者に対し,いつでもチェック・オフの中止を申し入れることができ,右中止の申入れがされたときには,使用者は当該組合員に対するチェック・オフを中止すべき」(エッソ石油事件 最判平5.3.25労判650号6頁参照)としていますが,学説上はチェック・オフを,労働組合と組合員とが使用者に対しそれぞれ組合費の取立ておよび弁済を委任し,使用者がそれら委任を履行することと解し,組合員の組合費の納入がチェック・オフによることが組合の規約などで規定されている場合には,個々の組合員は,チェック・オフの中止を使用者に申し入れることはできないとする見解も有力で,この立場に立つと,X2がチェック・オフの中止を求めるには,A組合を有効に脱退していることが必要となります。
 
 イ Y社は,X2がA組合から脱退した旨の通告がないことを主張しているため,X2のA組合からの脱退の効力が問題となりえます。
  Y社は「組合員が脱退するには,組合に届け出て,その承認を得なければならない」と定めた組合規約に基づきA組合がX2の脱退を認めておらず,A組合からY社に対してX2の脱退につき通告がないこと理由に交付し続けているので,この組合規約の有効性を検討する必要があります。
  具体的には,労働者の労働組合からの脱退の自由との関係を検討する必要があり,日本鋼管鶴見製作所事件・最判平元.12.21労判553号6頁が参考になります。
 
 ウ そして,Y社がX1組合に対する弱体化意図をもってA組合に交付し続けたとも考えられるため,かかる行為がX1組合に対する支配介入(労働組合法7条3号)にあたるか検討する必要があります。
 
3 的中情報
  団交拒否に対する行政救済・司法救済については,2010全国公開模試(労働法・第2問)及びスタンダード論文答練(労働法1・第2問)で,組合及び組合員それぞれについて出題されており,受験生にとっては大変有益であったと考えられます。誠実交渉義務を問題とする団交拒否の不当労働行為の成否,及び成立する場合の救済手段ついては,2009全国公開模試(労働法・第2問)でも出題されています。
  また,労働者によるチェック・オフ中止の申入れ,及び組合規約により脱退を制限することの可否については,2009スタンダード論文答練(労働法1・第2問)で出題されています。
  組合併存下における,使用者の中立保持義務については2009スタンダード論文答練(労働法2・第2問)で出題されています。
 
 ●選択科目 環境法
■公開:2010年05月31日
<はじめに>
  環境法では,例年第1問目が法政策・法制度の仕組みについて問う問題,第2問目が訴訟に関する問題が出題されておりますが,本年もこの傾向に沿った出題がなされました。
  第1問は,容器包装リサイクル法について,環境法の基本理念・基本原則との関係,具体的な適用を問う問題でした。容器包装リサイクル法の基本的理解を問うものであるといえるでしょう。循環型社会の形成は,目標の妥当性やその達成度を見ながら常に課題を明確にし,さらなる法改正,制度改正が必要となること,その際に拡大生産者責任のあり方が焦点になりうるといわれていることが出題の背景といえるでしょう。
  そして,例年通り,第2問は訴訟問題となりました。本問は論じることが多いため,要領よく論述することが必要となります。このような問題に対処するためには,事前準備が必要不可欠といえるでしょう。
 
<第1問について>
1 設問1(1)について
  循環型社会形成推進基本法と容器リサイクル法の関係について問われています。
  まず,循環型社会形成基本法第11条,第18条がいかなる「考え方」を示しているかについて論じる必要があります。次に,容器包装リサイクル法の仕組みについて説明した上で,「考え方」がその仕組みにどのように反映されているかを論述することが求められています。
  循環型社会形成基本法第11条,第18条は,廃棄物の発生抑制・設計・表示・回収・引き取り・循環利用的利用などの責任を定めており,拡大生産者責任の現れであると考えられます。そして,容器包装リサイクル法の仕組みは,分別収集は市町村の責務であるが,分別収集された物の再商品化は事業者の責務となっています。そのため,再商品化義務が拡大生産者責任という考え方の現れであることを示すことが要求されていると思われます。
  その際,拡大生産者責任が導入されたのは,生産者に環境適合的な製品を作る能力と情報があり,そのコストを製品の費用に内部化できるからであることを示すこと等が求められるでしょう。
 
2 設問1(2)について
  容器包装リサイクル法の仕組みが,循環型社会形成推進基本法に照らして十分なものとなっているかについて問われています。法制度についての評価は,本試験でも繰り返し問われていることから,事前準備の差が成績の差を生じさせることとなるでしょう。本問では,「容器包装リサイクル法の仕組みが,循環型社会形成推進基本法に照らして十分なものとなっているか」と問われており,評価の視点が提示されていることから,これに従う必要があります。
  法律条文の正確な理解を示し,個別規定の法政策及びその発展を,環境法の基本原則という大きな枠組みの中で把握することが,求められるでしょう。大塚『環境法』426頁(有斐閣,第二版,2006)で,容器包装リサイクル法の問題点についての説明がなされています。環境法第1問は事前準備が重要であるといえるでしょう。
 
3 設問2(1)について
 デパートを経営するA法人が,容器包装リサイクル法においていかなる責務を負うかについて問われています。
  主務大臣が,循環利用についてなんらの対応もとっていない事業者に対し,いかなる措置をとることができるかについて問われています。19条や20条等の規定を指摘し,かかる規定の関係を論じることが必要となるでしょう。的確な条文操作が求められているといえます。
 
4 設問2(2)について
  どのような訴訟を提起することができるかが問われています。提起しうる訴訟を的確に指摘し,的確に論じる必要があります。
  この点,行政事件訴訟法上の抗告訴訟,実質的当事者訴訟等が提起しうる訴訟として考えられます。本問の「A法人は,…循環的利用について何らの対応も採る必要がないと考えている」という事情からすれば,実質的当事者訴訟がA法人にとって最も有効な手段と考えられます。
 
5 的中情報
  容器包装リサイクル法と拡大生産者責任との関係,容器包装リサイクル法の課題については2010スタンダード論文答練(環境法1・第1問)でズバリ問われております。
 
<第2問について>
1 設問1について
  Bは,ぜん息にかかったのは,居宅周辺の工場,道路からの大気汚染物質の排出が原因であると考え,C社及びD社を被告として損害賠償を求めて訴訟を提起しています。このように,Bは損害賠償を求めていることや請求の相手方が私人であることから,差止や国家賠償については問われておらず,共同不法行為の成否を論じることとなると思われます。その際,関連共同性,違法性ないし受忍限度論,因果関係論,損害論(人身損害,物的損害)などを,本問の解決に当たって必要な限度でまとめることが要求されるでしょう。
  C社の工場とD社の高速道路は,Bの居宅から近距離にあり,大気汚染物質の排出時期も重なっているため関連共同性について,「B以外にも,多くの呼吸器系疾患に罹患した人がいる」とあることから疫学的因果関係について,「二酸化窒素,浮遊粒子物質は,環境基準値を超えており」とあることから環境基準と受忍限度の関係について,さらに,人身損害の賠償について大気汚染防止法により無過失責任を追及できることなどを説明することが求められていると思われます。
  具体的には,尼崎訴訟判決(神戸地判平成12.1.31),名古屋南部訴訟判決(名古屋地判平成12.11.27)等を意識しつつ,関連共同性,因果関係について論じられると高い評価が得られると思われます。本問では,窒素酸化物が問題となっているところ,窒素酸化物と健康被害との因果関係については争いがあり,裁判例の結論も分かれています。そのため,因果関係の存否に影響を与えうる論点について触れることは,不可欠といえるのではないでしょうか。また,二酸化窒素,浮遊粒子状物質は,環境基準を超えているとされていることから,環境基準の民事訴訟への影響について論じることが必要となるでしょう。受忍限度をどのように判断し,受忍限度と環境基準とがどのような関係にあるのかを論じつつ,結論を出すことが求められていると思われます。
 
2 設問2について
  環境基準値が緩和された措置に対して,取消訴訟の提起ができるかが問われています。環境基準は,直接国民の権利・義務を確定するものではないと解され,環境基準の設定行為に対しては処分性,当事者適格が認められるかについての争いがあります。そうすると,本問では原告適格について触れる必要はないとされていることから,処分性について論じることが求められていると思われます。
  環境庁告示によって,二酸化窒素に係る環境基準値が引き下げられたことに対し,住民が告示の取り消しを求めた事案において,裁判所は環境基準の処分性を否定しています。これを参考にし,環境基準と排出基準の関係等に触れつつ,処分性についての結論を導くと評価が高いものと思われます。
 
3 的中情報
  共同不法行為や疫学的因果関係,公害訴訟における環境基準の意味については,2008全国公開模試(環境法・第1問)で問われています。
 

 ●選択科目 国際関係法(公法系)

■公開:2010年05月31日
<第1問について>
1 はじめに
  本問の出題の背景には,コソボと南オセチアの独立問題があるものと思われます。
  2008年2月のコソボのセルビアからの独立宣言に関しては,これまでに米英等約60カ国が国家承認を行っている一方で,セルビア,ロシア,中国等は承認に反対しています。
  また,2008年8月には,グルジア軍の侵攻から南オセチアを防衛するため,ロシア軍が国境を越えて軍事介入しています。ただし,本問はX国政府側を支援するためにZ国が軍隊を派遣しており,南オセチアの事例とは状況が異なることに注意が必要です。
  この2つの事例は,いずれも実際に国際司法裁判所(ICJ)において,現在係属中の事例です。平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見では,出題の趣旨・ねらいとして,「日々の国際問題に関心を持っている受験者であれば,具体的な問題状況を思い浮かべることができ,答案が充実したものになるように心掛けた。」と述べられています。日頃からこうした国際問題に関心を持っていれば,まさに「具体的な問題状況を思い浮かべることができ」た問題であると考えられます。
 
2 問題文について
  1つの事象について,国際法上のさまざまな角度からの問題が提起されています。設問は国家承認を基軸に構成されており,各設問が関連性を有する問題となっています。現在ICJで審議係属中であることからもわかるように,いずれも明解のない問題であるように思われますが,結論に至るまでの過程においては,国際法の基礎理論を説明していくことになるので,その部分については十分な解答が求められているものと思われます。
 
3 〔設問1〕について
  「尚早の承認」についての言及が求められます。設問2と異なり,2002年4月が基準となります。実効的支配を欠く状態,すなわち国家の4要件(@永久的住民,A明確な領土,B政府,C外交能力)を満たしていない段階での承認は,尚早の承認に該当するため,国際法上禁止されています。
  「2004年1月ころには,……セント州の約半分の地域を実効支配する状態になった」とありますが,2002年4月の段階でどの程度の支配があったかは明確ではありません。そのため,結論は,A明確な領土の判断によるものと思われます。なお,現実には,コソボの独立宣言の翌日に,アメリカはその独立を承認しています。

4 〔設問2〕について
  まず,国家承認の創設的効果説と宣言的効果説の説明をし,現在一般に後者が採用されていることに言及する必要があります。折衷説での解答も可能です。歴史的には,創設的効果説が有力であったことにも言及できるといいでしょう。そのうえで,2004年4月の時点で国家の4要件を満たしているかの検討を行います。また,適法性(強行規範に従うことなど)も承認の要件に加えられるとよいでしょう。設問1と同様,結論は事実の認識により異なりえます。ここでも,「明確な領土」を有しているか否かの判断が結論の分かれ道となるでしょう。
 
5 〔設問3〕について
  この問題については,セント国を国家とみなすか否かで解答が異なってきます。Z国政府は承認の意思表明を行っていませんが,宣言的効果説に立てば,Z国の意思は直接は関係しないものと考えられます。
  セント国を国家とみなせば,X国とセント国という国家間の武力紛争が生じていることになります。X国への支援により,Z国は中立の地位を保てず,交戦国としてX国に味方することになります。
  セント国が国家ではない場合,一般には反乱団体(セント国)に対する外国(Z国)の支援が内政干渉に該当しうる一方で,合法政府(X国)に対する外国の援助は合法であると考えられます。ただし,交戦団体承認が行われない今日,内戦に中立法がどのように適用されるかは明確ではありません。X国への支援は,セント国の自決権を侵害することにもなりうるため,自決権の要件を検討し,セント国が自決権を行使しているととらえられれば,Z国による支援を違法と主張することも可能かと思われます。
 
6 的中情報
  2007年全国公開模試(国際関係法(公法系)・第1問)は,事例自体が酷似しており,とりわけ本試験設問2と3については,ほぼ同じ問題であるといえます。
 
<第2問について>
1 はじめに
  外交保護権の問題は,プレテストや平成18年度の本試験でも出題されています。過去問を復習していれば,基本的なところは解答できたと思われます。一方で,国際環境法からの出題ははじめてになります。近年,国際環境法は大きな発展を遂げていますが,本問は従来からある基本的な論点を問う問題であるといえます。
 
2 問題文について
  いずれの設問も,解答する内容が限られているため,長い答案を作成することは難しかったものと思われます。その分,1つ1つの内容につき,正確な解答が求められる問題構成になっているといえるでしょう。そのため,有名な判例への言及が不可欠となり,またハーグ国籍法抵触条約などに言及することで加点が得られるものと考えられます。

3 〔設問1〕について
  19世紀には,絶対的領域主権論として,国家は他国に与えるいかなる有害な結果も法的に禁止されないとするハーモン原理のような主張もありました。しかし,1941年のトレイル熔鉱所事件仲裁判決で「領域使用の管理責任」が確認されており,重大な越境損害に対して相当の注意義務を欠く場合,領域国に当該責任が発生することになります。本問では,この領域使用の管理責任についての詳細な説明が求められているものと考えられます。
 
4 〔設問2〕について
  外交保護権が,国家の権利であることを答える問題です(マブロマティス・パレスタイン特許事件PCIJ判決)。外交保護権は,国家の権利であって個人の権利ではないため,甲がいかなる損害を被っていても,B国は外交保護権を行使して甲を救済する義務はありません。一方で,学説のレベルでは,外交保護権を国家の義務と解すべきであるとする説,自国民の権利擁護のための国家の職務とすべきであるとする説,国家は自国民の代理として行動すべきであるとする説などがあります。
 
5 〔設問3〕(1)について
  「真正な連関」(実効的国籍の原則)に関する出題です。外交保護権の行使が認められないとの判断は,乙がB国と真正な連関を有していないと判断されたからであるといえるでしょう。ハーグ国籍法抵触条約(1930年)5条では,本人と最も密接な関係を有すると思われる国のみが外交保護権を行使できる旨規定しています。本問は問題状況が必ずしも明確ではないため,乙が重国籍者となった場合と,B国籍のみを有するようになった場合とを区別して記述できるとより丁寧な解答になります。ただし,真正な連関を有しないという結論は同じになります。ノッテボーム事件ICJ判決で示された,いくつかの「真正な連関」の基準(常居所,利害関係の中心,家族関係,公的生活,愛着の情など)を列挙できるとよいでしょう。
 
6 〔設問3〕(2)について
  B国が乙の国籍を理由とした外交保護権を行使できないとしても,それは乙がB国籍を喪失することを意味するわけではありません。国籍の付与は基本的に国内管轄事項に属する問題であるため(チュニス・モロッコ国籍法事件PCIJ判決),国内法に基づく国籍に基づく権利義務は,乙に付与されることになります。
  なお,国際法上は,人はいずれか1つの国籍のみをもつべきとする「国籍単一の原則」があります。重国籍になると,外交保護権の問題が複雑になるし,また当該個人に過重な負担(納税,兵役等)を課すおそれがあるためです。ただし,国籍単一の原則は義務とまでいえる原則ではなく,実際には二重国籍にとどまらず,複数の国籍を有する個人も少なくありません。B国の国内法上の制度にもよりますが,乙がいずれか1つの国籍を選択する義務が国際法上あるわけではありません。
  一方で近年では,重国籍が,居住地,労働の選択等の有益な権利をも付与することから,積極的に認めるべきであるとの主張も増えています。これは,国籍自由の原則にも合致するといえます。本設問では,この問題に言及することも可能でしょう。
 
7 的中情報
  設問1については,領域使用の管理責任を主題とする2009スタンダード論文答練(国際関係法(公法系)2・第1問)で問われています。設問2,3については,重国籍者に対する外交保護権の行使を主題とする2009全国公開模試(国際関係法(公法系)・第1問)で問われています。
 

 ●選択科目 国際関係法(私法系)

■公開:2010年05月31日
<はじめに>
  毎年,国際関係法(私法系)の試験範囲は国際私法分野,国際民事手続法分野,国際取引法分野から構成されますが,例年,国際私法分野及び国際民事手続法分野を中心として出題されます。国際私法分野では,家族法関係・財産法関係の問題がそれぞれ1題ずつ,国際民事手続法の分野では主として国際裁判管轄について,それぞれ出題される傾向にあります。
  今年の問題においても,家族法関係(第1問)と財産法関係(第2問)から出題があり,小問で国際裁判管轄も問われており,概ね従来の傾向に沿った出題がなされているといえます。また,法の適用に関する通則法における改正点についても例年通り出題されています(第2問の設問1(2)・設問2)。
  今年の出題の大きな特徴としては,本年度から出題分野に含まれた国際物品売買契約に関する国際連合条約から早速出題されている点(第2問の設問1(1)),第2回新司法試験で既に出題のあった生産物責任についてあらためて問われている点(第2問の設問2)が挙げられます。
 
<第1問について>
1 〔設問1〕小問(1)について
  本問では,未成年後見人選任につき日本の裁判所に国際裁判管轄権が認められるかが問われています。
  成年後見開始の審判については通則法5条により国際裁判管轄が定まりますが,未成年後見については,明文がありません。そこで,条理によって決することとなります。この点,通説は,被後見人の常居所地・住所地に管轄を認めることが条理にかなうとしています。この見解によれば,本件では被後見人Aの住所地である日本の裁判所に国際裁判管轄が認められることになります。
 
2 〔設問1〕小問(2)について
  本問では,日本の裁判所に国際裁判管轄が認められることを前提に,後見人選任の準拠法が問われています。
  後見等の準拠法は原則として被後見人の本国法に認められるので(通則法35条1項),被後見人Aの本国法が問題となります。Aは日本と甲国の重国籍を有しているところ,同項ただし書により,Aの本国法は日本法と決定できます。
  
3 〔設問2〕小問(1)について
  本問では,AB間の養子縁組につき,後見人Xの承諾の要否が問われています。これは,養子縁組の成立要件の問題と法性決定できます。
  養子縁組の成立要件の準拠法は,通則法32条1項本文により養親の本国法となるところ,養親Bの本国法たる甲国法は,法定代理人の承諾を必要としています。そこで,先決関係として,後見人が法定代理人にあたるかを解釈する必要があると考えられます。
  なお,養親の本国法に加え,子の本国法上,養子・第三者の承諾が要件とされるときはその要件も累積的に適用されるところ(32条1項ただし書),本問ではただし書に該当する事情は見受けられません。
 
4 〔設問2〕小問(2)について
  本問では,AB間の養子縁組が有効に成立した場合に,Xの後見が終了するかが問われています。この法性決定については,後見の問題,又は養子縁組の効力の問題とすることが考えられます。
  まず,後見の問題と法性決定した場合は,後見は被後見人の本国法によりますから(通則法35条),Aの本国法たる日本法が準拠法となります。そこで,後見の終了事由につき,日本民法を解釈することとなります。
  一方,養子縁組の効力の問題と法性決定した場合,養子と実方の血族との親族関係が終了するかについては,成立の準拠法と同じ法,すなわち縁組当時の養親の本国法が準拠法となります(通則法31条2項)。そこで,養子に後見人がいる場合にもこれと同様に解することができるか,自己の見解を論じることとなります。
  この点は典型論点ではなく,代表的な基本書で言及もないため,現場思考が問われた出題といえます。
 
5 的中情報
  養子縁組の準拠法については,2009辰已全国公開模試(国際関係法(私法系)・第1問)及び2010スタンダード論文答練(国際関係法(私法系)1・第1問)で出題されています。
 
<第2問について>
1 〔設問1〕小問(1)について
  本問では,国際物品売買契約に関する国際連合条約の適用の有無が問題となります。この点,「営業所が異なる国に所在する当事者間の物品売買契約について」(条約1条1項本文),「これらの国がいずれも締約国である場合」(同項(a))は,同条約の適用範囲となります。
  本件契約は,日本のA社の甲国K支店と日本のB社との間で締結されています。たしかに両者は日本の会社ですが,営業所が所在するのはそれぞれ日本と甲国であり,「営業所が異なる国に所在する」といえます。そして,日本と甲国とは「いずれも」同条約の「締結国」です。もっとも,製作物供給契約である本件契約は,直ちに「売買契約」にはあたりません。しかし,同条約3条1項本文は「物品を製造し…供給する契約は,売買とする」旨規定していますから,売買契約といえます。
  以上より,本件契約には同条約の適用があると考えられます。
 
2 〔設問1〕小問(2)について
  本問では,契約締結後における準拠法の変更の可否が問題となります。この点,事後の法選択は,通則法9条により認められます。この条文は通則法での改正点なので,当事者自治を拡大するという条文趣旨が求められているものと考えられます。なお,同条ただし書は事後の法選択は第三者の利益には影響しない旨定めていますが,本件ではこれを考慮する事情はないものと思われます。
 
3 〔設問2〕小問(1)について
  本問では,本件機械が原因となるプラント損傷の損害賠償請求についての準拠法が問われています。まず,本件機械は「生産物」ですから,生産物責任(通則法18条)の問題と法性決定できます。生産物責任の準拠法は,原則として生産物の引渡地法となります(通則法18条本文)。本件機械は甲国K港で引き渡されていますから,引渡地法たる甲国法が準拠法となるものと考えられます。この条文も通則法での改正点ですから,被害者の支配開始地であり,被害者・生産業者双方の予見可能性の点から適切な引渡地が連結点と定められたという同条の趣旨への言及が求められているものと考えられます。
  なお,通則法20条の,明らかにより密接な関係がある場合の例外に該当する事情は,本問ではないものと思われます。
 
4 〔設問2〕小問(2)について
  本問では,訴え提起後の明示の法選択の可否が問題となります。この点,通則法21条は,不法行為の当事者による準拠法の変更を認めています。この条文も通則法での改正点なので,不法行為により生じた債権も通常は金銭債権として実質法上任意処分が認められることが一般的であり,抵触法上も当事者自治を認めることが予見可能性に資するという趣旨への言及が求められているものと考えられます。
 
5 的中情報
  新しい出題範囲である国際物品売買契約に関する国際連合条約については,なかなか受験生の対策が難しかったものと思われます。しかし,2010全国公開模試(国際関係法(私法系)・第2問)及び2010スタンダード論文答練(国際関係法(私法系)1・第2問)では,同条約を添付しての出題があったことから,受講生にとっては大変有益であったものと思われます。
 
 
 
 
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